標高データで月面の日照シミュレートをしてみました2019/02/05

月面X地形周辺
数年前に月面X(左画像)や月面A観察のため、現象日時のカレンダーを作りました。微調整をくり返しながら現在のアーカイブに至っていますが、まだ道半ば。どうしても越えられない壁があるのです。「好条件で観察できる機会が少なく、現象時間幅も狭いため、カレンダー精度を上げられない」ということです。

月面Xなどを含め、月面地形にだんだん日が差したり陰ったりする「日照現象」あるいは「陰影現象」は、約1ヶ月周期の特定日時に見ることができます。地球の日出没と違って月面での太陽はとてもゆっくり動くため、現象は数時間楽しめるでしょう。

とは言え、よく晴れた夜に高い高度でベストタイミングで…といった各種条件が揃う機会は、数年取り組んでも1、2回が限度。月縁に近い地形では秤動の影響で更に機会が減り、また月高度が一定以上高くなる冬場は大気の揺らぎもひどく、細部が分からなくなる矛盾も併せ持ちます。こんな状況があって、以前から「精密なシェーディング・シミュレーション」の必要性を感じていました。地形に基づいた日照予測図が予め机上で作成可能なら、観察の手助けになるでしょう。

一般的な星図ソフト・プラネタリウムソフトでも簡単な月齢(位相)表示ならできます。右下画像は我が家で活躍してる三種類のソフトによる今年2月10日0:00の月。多少表現の違いはありますが、それなりに月面の雰囲気は出ていますね。しかしながら個々のクレーターを精密にレンダリングしている訳ではありません。画像を良く見ると、例えばVirtual Moon Atlasではクレーター内の陰影が逆になってますし、ステラナビゲーターでは影すらありません。理由は簡単。計算時間がネックになるから省略せざるを得ないのです。膨大な量の地形標高に対して日が当たるか当たらないか調べるには、簡素化してもワンシーン数十秒、ズームアップに耐えられるほどのデータ量なら確実に数分以上かかるでしょう。その間パソコンがフリーズしては使いものになりません。

天文ソフトの月面表現
いっぽう、3D専用のCGソフトなら高機能なものが多数出回っています。ただし(全部調べてはいませんが)月や地球のような球体上の巨大標高データを扱えるものは今のところ無さそうです。CGで扱う世界は大半が「空き部屋」のようなベース空間を与え、山や谷といった景観は平坦な地面に構築するのが通例です。それもできるだけモデリングを簡素化して計算時間短縮を図らないと実用的ではありません。(球体を考慮しなくて良いなら、例えばカシミール3Dなどは標高データの陰影処理が可能ですね。)

うーむ、八方塞がりだ…。そこで、重い腰を上げて「天体専用・レンダリングソフト」を自作することにしました。岩石型天体では透明物体や鏡面など考えなくてよいので、いわゆるレイトレーシングの手法も比較的簡単に済みます。この手のソフトを組むのは○十年前の学生時代以来で手間取りましたが、数ヶ月格闘して、それなりのものが仕上がりました。そのサンプル画像が冒頭の月面Xというわけ。これ、本物の撮影ではなく、シミュレーションCGだったんです。ちなみに日時設定は2019年2月12日18:00。今月の月面Xデーです。実際にこの通りになるか、晴れたら検証してみてください。

20151218月面X比較
いままでの記事でも紹介した通りNASAやUSGSが月面標高データを公開してますので今回もそれを利用、初期パラメータとして特定日時の太陽方向や距離を与えればどんな陰影になるか計算できます。結果出力は画像でなく以前にも紹介したGMT(Generic Mapping Tool)で扱える汎用フォーマット(netCDF)にしたため、あらゆる地図表現が可能になります。もちろん、例えば極側から月を照らす様な「架空の太陽位置」を与えれば、あり得ないシチュエーションでも計算可能。まぁ、そんな用途はないでしょうけれど。

左は2015年12月18日に撮影した月面Xと、今回のソフトによるシミュレーションとを比較したもの。実写は月全体をAPS-Cカメラで撮って強拡大してますから、ボケているのは大目に見てください。また実写・CGに関係なく欠け際は元々暗いため、輝度を任意に上げて見やすくしています。厳密な比較にはなりませんが、陰影の濃淡や影の伸び具合など、時刻違いの僅かな日照差も概ね再現できているようです。(※投影法が違うので、クレーター等の歪みは全く異なります。)

似たようなシミュレーションを国立天文台のサイトで見たことがあります(→外部リンク)。ただしこれは日照領域のみの計算らしく、極域での日照動向を調べる過程で作られたもののようでした。私は日が当たるかどうかだけでなく明るさの変化も知りたかったので、今回の自作ソフトに組み込んであります。この機能がなければ「日が当たっているけど暗い」といった微妙な状況が分かりません。明暗境界を調べるときは特に重要ポイントです。

20160218-1910月縁日照比較
右は2016年2月18日の月面および今回作ったソフトによるシミュレーション比較。画像左側のCGはGMTによる描画(無限遠からの正射投影図法)であり、撮影画像のような有限距離投影とは異なりますが、陰影はかなり再現できていることが分かるでしょう。ただ、重箱の隅をつつくように眺めると、実写画像とは微妙なズレがあります。原因は特定できませんが、例えば次の様なことが挙げられるでしょう。

  • 自作ソフトでは太陽を点光源で代用してるが、実際は面積を持つ光源なので、影の位置が多少ズレる。
  • ソフト内の陰影判断は「太陽上辺が地形に隠されたら影」としているが、実際は「転がりダイヤ富士」の様に地形横側からこぼれ漏れる日射もある。
  • 標高モデルは完全球体がベースのようなので、当記事の画像は真球で計算している。(回転楕円体モデルでも計算可能。)実物の月は真球ではないので、陰影に影響があるかも知れない。
  • 標高データは微少なエラーを含んでいる。また、計算時間を減らすためデータ量を減らすリサンプリングの過程で更にエラー値が増える。(一見して分からない程度ですが…)
  • 太陽方向を求めるプログラムに微少な誤差がある。(月軌道計算は本当に難しい…)
  • 月表面の色彩や反射率は考慮していない(石膏像のように一様な月面モデル)ので、レンダリング結果に影響があるかも知れない。
  • 地球からの照り返しや、周囲地形の日向からの照り返しは考慮していない。
  • 撮影したカメラ特性や、画像処理上の補正によって変化する明暗の影響。あるいは撮影時刻記録がずれている可能性(カメラ内部時計のズレなど)。

ともあれ、できるだけ実物を再現できるよう調整しつつ、今後の観察予測に活かしていければと思っています。なお、他の地形でもシミュレーションしているので、近いうちに月面○○のアーカイブを全面改装予定です。

参考:
標高データで月面図を描いてみました・その2(2018/10/13)
標高データで月面図を描いてみました(2017/05/18)

標高データで火星図を描いてみました(2017/05/26)

星表データで星図を描いてみました(NASAのγ線天体新星座)(2018/10/19)
星表データで星図を描いてみました(全天星図編)(2018/04/29)


月の『真ん中』を見たことありますか?2019/01/20

大学入試とは全く関係ありませんが、みなさんに“センター”試験(質問)です。

  • 望遠鏡で真の月面センター(月面座標の経緯度が0°の点)を、これまでに見たことがありますか?
  • 真の月面センターが「見かけ上の月面中央」に一致した月を、これまでに見たことがありますか?

両方ともYesとお答えの方はこの記事を読む必要はないでしょう。しかしながら、かなりコアな天文ファンでも実際に「月の中央」を確認した方は少ないと思います。知らない、見たことないという方はぜひ当記事を読み進めて、望遠鏡で探してみてください。

20190114上弦
地球と同じように、月面にも経度と緯度が定められています。かつてのグリニッジ天文台(経度0°)みたいにシンボルになった場所は「平均的な見かけ上の中央」とされたメスティングAという小クレーターです。満月期では陰影が無くて分かり辛いですが、上弦過ぎや下弦前の月ならハッキリ確認できます。

左は先週1月14日上弦の際に撮影した月。画像右側が全体像で、緑矩形の拡大が左側です。「プトレマイオス・アルフォンスス・アルゲサル」のお団子クレーターを見つければ、ハーシェル→メスティング→メスティングAと辿れるでしょう。月面の百名所を集めた「Lunar 100」ではリスト61番目にありますね。

アポロ以降現在までに月の位置や向きは極めて正確に測定され、月面座標の原点は左上画像・白十字の場所に再定義されました。これに伴いメスティングAの位置は西経約5.2°、南緯約3.2°に変更されたのです。一番目の質問であるメスティングAや現在の月面座標中央は画像内のマゼンタ△線や青△線を見つければ比較的容易に観察できるでしょう。ぜひ挑戦してください。

ところが二番目の質問は厄介です。質問を言い換えると「月がまっすぐ私を見てくれるのはいつなのか?」を知らなくてはなりません。みなさんも「月面は同じ面を地球に向けているけれど、微妙に揺れ動いている」と耳にしたことがあるでしょう。この揺れは「秤動」と呼ばれます。秤動を予測し、月面座標中央が見かけ上の真ん中に来る月を見ることができるか、と言うことなのです。

201901秤動図
正確な月位置や秤動はキッチリした動きではないため、簡単な関数式で表現できません。自力で予測計算するのは結構難しいのですが、「いま月はどちらを向いているか」を手っ取り早く知るだけなら国立天文台の暦計算室やCalSkyなどの天文計算サイト、あるいは天文年鑑などを利用すると良いでしょう。特定日時に「見かけ上の月面中央経度緯度」が何度か示してくれます。

右図の赤線は天文年鑑にも掲載されている秤動図(自作プログラムで描画)。日々の秤動、つまり見かけの月面中央位置変化をグラフにしたものです。これを見て経度緯度とも0°に近いところを探せば、その日時こそ月がまっすぐこっちを見ている、ということですね。……と思いきや、ここにも落とし穴。実はこの図や前述サイトが示す秤動値は「地球中心から見た場合の見かけの月面中央緯度経度」なんです。つまり、地表で観察する私たちに付きまとう「地球中心と観測者との視線ズレ」という問題が考慮されていません。

試しに当サイト基準である茨城県つくば市で観察した場合のズレまで考慮した秤動は右図の青線の通り。赤線に対して約一日周期でグルグル回っており、結構複雑ですね。赤線と青線は1°以上ずれることもあるので、これを考慮しなければ月の女神が脇目も振らずこっちを向いてる日時が分かりません。調べた範囲でこの測心秤動まで計算できるのはCalSkyサイトだけでした。

201901秤動図+月面図
天文年鑑のバックナンバーなどをお持ちの方は過去数年分ご覧いただきたいのですが、秤動図は毎月一周するたび形が変化し、まるで変形するゾウリムシをみているようです。大事なのは「なかなか中心を通らない」ということ。1年経ったからと言って元に戻る訳でもありません。直線に近いこともあれば、円に近いこともあります。稀に中心近くを通ったとしても、新月期の細い月の場合は眼視で中心地形を確認できないでしょう。二番目の質問は機会自体が極めて少ないのです。

ここ数年の中で去年2018年は比較的中心を通るチャンスがありました。実はその名残で、今月の満月、つまり明日21日の月は「日本から見た見かけの月中央と真の月面座標中央が極めて近い」ラストチャンスなのです。

前出の秤動図を月面図に重ねて、詳しく見てみましょう(左図/クレーター名はIAU表記)。各日0:00JSTの位置にドットを描き、5日から5日おきに二重円、月初めは□、翌月初めは△を描きました。最初の画像に示した14日上弦の頃はグラフが月面座標中央から北西に大きく離れていたことが分かります。逆に言うと、見かけの月面中央に対して、真の月面中央が南東に離れて位置するとも言えます(記事最初の画像・赤十字と白十字の関係)。また今月は月面座標中央に近い位置で満月になることが分かりますね。青線が水色になっているところは座標中央から1.0°以内の部分。つまり、21日夕方から22日になる前までの時間帯に月を観察すれば、二番目の質問はほぼクリアなのです。もし撮影可能なら、この満月を大きく撮ってください。それをプリントして丸くカットし、直角四つ折りにして中央を見つけましょう。その位置は「真の月面座標中央」にかなり近いはずです。

実際はみなさんの観測地ごとに秤動を計算しなくてはなりませんが、日本の中で大きく異なる訳ではないので、滅多にない「真正面から見た満月」をぜひ目に焼き付けておきましょう。(※次のチャンスは2021年初夏までありません。しかも満月で起こる訳ではありません。)あまり注目されないけれど、とても貴重なチャンスのお話しでした。(※付記:1月21日夜に行った撮影検証は当日の記事をご覧ください。

20181223満月
【追記:満月でもたどれます】
満月はとても眩しいので、普段クレーターを辿り歩くことは無いでしょう。でも小さいクレーターや大きいクレーターの縁が白く輝くおかげで、意外にも位置を特定することができます。目を痛めないようムーングラスを付けたり、やや過剰に倍率を上げて減光すると良いでしょう。どうしても目が敏感で…という方はカメラで撮影することをお勧めします。

左は2018年12月23日・平成天皇最後の「誕生日満月」となった月。これをサンプルに月面座標中央を特定してみました。この日の測心経度秤動は-3.61°、測心緯度秤動は+3.37°です。最初に挙げた上弦同様、マゼンタ△線や青△線あたりを見つけ出すのがポイント。また「海」の配置を頼りに月面の東西南北をきちんと把握することも大切。諦めずにぜひトライしてみてください。




2019年で最も日の出が遅いシーズンです2019/01/07

2019年日出最遅日マップ
当地・茨城は本日に「2019年でいちばん遅い日の出」を迎えました。全国的に毎年だいたい決まった日に訪れるのですが、閏のズレがあるため、境界線は微妙に変化します(→2018年の記事参照)。

明日からは少しずつ日の出が早くなり、また、日の入りはもう昨年11月下旬から12月上旬にかけて最早日を過ぎましたから、今後は着実に夏へ向かってゆきます。でも冬の寒さはこれからが本番ですので、当面は実感が湧かないでしょう。

関東より緯度が北の地域ではもう日出最遅日が過ぎていますが、南側は明日以降順番に訪れます。みなさんの地域がいつなのかは、左上の地図や、ユーティリティ「太陽と月の時刻表/夜空の時刻表」の「日出没の最大最小」機能を使って計算してみましょう。

海底地形に星の名がたくさん付きました2019/01/05

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以前に「海底地形には天文に関する名前がある」ことを紹介しました(→関連記事)。昨年に日本が新たに提案申請した名前が、公式な海底地形名を管理しているIHO-IOC GEBCOの小委員会(Sub-Committee on Undersea Feature Names/SCUFN)にて承認されたことが、昨日アップデートされた同委員会リポートで発表されていました。

提案は昨年10月に行われ、以降何回か検討を重ねて承認に至りましたが、今回の提案名のなかにもたくさんの星に関する名前がありました。まだ日本からの正式な告知がなされてないため「日本語での表記」は分かりませんが、「おひつじ座」、「おうし座」、「ふたご座」、「しし座」、「おとめ座」、「てんびん座」、「いて座」、「やぎ座」、「みずがめ座」、「くじら座」、「こいぬ座」、「おおいぬ座」、「とも座」、「らしんばん座」、「からす座」、「うさぎ座」の星座名が連なる他、「北辰」、「剣先星」、「石炭袋」など、星名(星域名)もあります。(※石炭袋、別名コールサックは南十字座の近くにある大きな暗黒星雲領域です。)

マイナーなニュースですが、海の下で見えない世界をたくさんの科学者、技術者が地道に調査研究し、少しずつ解明が進んでいることを多くの方に知って頂きたいです。今回70を越える名前が一気に付いたので、機会があればまたご紹介したいと思っています。なお、左上図は日本からのプロポーサル資料に掲載されていた、星座名の領域を示す3D海底地形図。(※単に名を付けるだけではなく、領域をどこまでにするか、とか、SeamountではなくSeamountsにする、など細かな検討や変更があります。)