標高データで月面図を描いてみました2017/05/18

月面図1
パーソナルユースのコンピューターで地図を扱えるようになって何年経ったでしょうか。かつて天体観測の度に五万分の一紙地図を何枚も持ち歩いた時代は遠い過去。GIS(地理情報システム)は今やスマホでも扱えるようになり、持て余すほどの地理情報から必要なものを取り出すなど造作もないですね。例えば人力で「首都圏道路渋滞情報」を集める手間を想像するだけでも、コンピューター様々と感じるでしょう。

ところで、GISのなかで「風景」や「景観」に関わる情報は標高データや建築形状くらいしかありませんが、それでも3D地図をグリグリ見ているだけで楽しくなります。地球の地図もいいけれど、他天体の地図も興味深いもの。NASAやJAXAなどの探査機から得られた天体の表面データはデジタルアーカイブとして広く公開され、個人レベルで十分活用できます。生きている間に行くことができない天体だけれど、ちょっとしたバーチャル旅行を味わえます。

左上図は国立天文台RISE月惑星探査検討室サイトから公開されている「月探査機かぐや」の標高データを使い、地球の地図描画ソフトで作図した月面全体図です(※作図の詳細は記事末に表記)。地球から見える側を中心にしてあり、地上の望遠鏡で確認可能ないくつかの「海」の名称を書いておきました。私を含め多くの人が見慣れた月面ってモノトーンの希薄な世界ですが、こうして標高(&好み)に応じて彩色した図(段彩図と言います)では、印象ががらりと変わるでしょう。SFやゲームの世界でテラフォーミングされたような月面ですね。ふっかつのじゅもんを入力すればダンジョンや宝物が出てきそうだ!こうした地図描画はプロ仕様のお高いGISアプリもあるけれど、優秀なのにフリーソフトのものもあります。開発者の方には頭が下がりますね。

月面図・海
自在に作り上げて行く月の地図は見て楽しいだけでなく、月面アトラスとしての視認性や理解も格段に進みます。前出の地図右上に凡例がありますが、薄黄緑色辺りが月面半径基準の標高0m。緑や茶色は標高が高く、水色や青、紫色は低い部分。直接の標高値だけでなく、高低差やその偏り具合なども着色の偏りから分かりますね。仮想シミュレーションだってOK。例えば『もしも標高0m以下を海水で満たせば「海」と呼ばれる地形は本当に海面下に沈むのでは?』 …こんな段彩パレットを設定すれば、右図(青系色は全てマイナス標高)のように本当にそうなることが分かります。実際にこんな月だったら、地球からは海しか見えず退屈でしょうけどね。

月面図6
左図は地球からほぼ見えない付近を描いたもの。いちばん右寄りの黄点線円が「東の海(オリエンタレ盆地)」を取り囲む多重リングです。多重リングは小さなクレーターに覆われて分かり辛いものですが、強めの段彩を施せばオリエンタレ盆地だけでなくあちこちに見つけられるでしょう(他の黄点線円)。青い領域にあるApolloやPoincaré、Schrödingerだって仲間かも知れませんね。いくつかの外輪山・内輪山で構成されたクレーターや盆地の多重構造は、複数の衝突でできる「たまたま重なった多重クレーター」と様子や規模が異なることが見て取れます。参考までに、この標高データを総スキャンして得られた最高標高点と最低標高点も記しておきました。それぞれがこんな近くなのは偶然?それとも必然?「落とし穴と掘削土の山」の関係になってませんか?

多重リングは記事最初の図でもスミス海や神酒の海、フンボルト海などに見られます。また雨の海、晴れの海なども元々多重リング構造をしていて、溶岩や土砂で埋まってしまい、今は平坦なレゴリスの砂地と化してしまったようにも思えます。「マイ月面アトラス」を多様に改造して、過去や未来の月面にまで思いを馳せるのもいいですね。下に同じデータセットから作った図を4面掲載しておきますので、ささやかな月面旅行をお楽しみください。このような標高データは地図的に真上から眺めるに留まらず、鳥瞰や俯瞰といった景観シミュレーションこそが神髄と思いますが、それはまた別の機会に。

  • 月面図2

    (A)正面中心(上方向が北側)
  • 月面図3

    (B)背面中心(上方向が北側)

  • 月面図4

    (C)南極中心(上方向が地球側)
  • 月面図5

    (D)北極中心(下方向が地球側)


【以下は興味ある人向け】
記事中の図の元データは国立天文台RISEサイトの「カシミール3D用・月地形データ」を利用しました。地球の地図描画では定評があるカシミール3Dですが、残念なことに標高0m未満が表現できない欠点があります。このDEMは標高が−9140mから10716mまであるため、RISEサイトでは苦肉の策として9140m嵩上げしたデータセットになっていました。いっぽう私が今回使った描画ソフトはジオ地蔵です。こちらは−9999mまで表現できます(※ただし10000mより高い地点は段彩外になるようです)。ジオ地蔵でRISEサイトのデータを使うためには全データから9140m引いて正規の標高にしなければなりません。プログラミングに慣れた方なら10分もあれば修正できますが、そもそも元データに正しくない値を格納してある現状が何だかなぁ…と思いました。天体形状は多様なので、GIS処理と3Dモデリングが合体したようなアプリ開発が望まれます。(他力本願……)

最初の全体図2枚以外は全て正積方位図で描画しました。地物の形は周辺ほどつぶれますが、面積の大小は正しく比較できます。3番目の図の地物名(英字表記)はIAU(国際天文学連合)の「Gazetteer of Planetary Nomenclature」から月面地物KMLファイルを利用しました。(※元ファイルは地物数がとんでもなく大量なので、直径や長さが200km以上の大型地物のみ抜き出して表記しました。)A図の「正面」とは月面経緯度0°(地球正面)、B図の「背面」とは正面の反対側です。なお全ての図の段彩パレットは2枚目の「水没図」を除きすべて共通(一枚目の図、右上凡例通り)です。


【追記・解像度の比較】
RISEのデータは1°を16分割した、「225秒メッシュDEM」です。遠目に見ればイイ感じですが、クレーターひとつに焦点を当てるようなケースでは力不足でしょう。同様に公開されているDEMとして、NASAのLRO(Lunar Reconnaissance Orbiter)による観測データがあります。いくつかの解像度が公開されていますが、 中程度である1°につき256分割の「14.0625秒メッシュDEM」と比較したのが下の図です。左はみんな大好き「月面X」(笑)、右は「コペルニクス・クレーター」。大きさが同じになるようにしてあり、LROは等倍(100%)、対してRISEは16倍(1600%)になります。探査機かぐやの元データはもっと高い解像度で観測してると思いますが、公開されてるのはこの解像度のみ。(私が知らないだけかも。)アプリケーション側で滑らかに補完されてはいるけれど、地物の詳細はサッパリ分かりません。解像度は高いに越したことはありませんが、ただ何ギガバイトものデータを保持しなくてはならず、取り回しが大変といった欠点もあります。

下の比較はソースデータを変えた以外は何も変えていませんが、陰影がかなり変わって見えます。隣り合うメッシュから高低差や傾斜を演算するので、低解像度では影も強め(粗め)に出てしまうのですね。なおLROデータも完璧ではなく、傾斜が強いところなどでスキャンラインが短冊状に強く出てしまってます。

  • 解像度比較・月面X

    (E)月面X・RISEデータ
  • 解像度比較・月面X

    (F)月面X・LROデータ
  • 解像度比較・コペルニクスクレーター

    (G)コペルニクス・RISEデータ
  • 解像度比較・コペルニクスクレーター

    (H)コペルニクス・LROデータ

データやソフトの仕様は当記事掲載時点の状況です。何年か経てばあれこれ変わるでしょう。


参考:
標高データで月面図を描いてみました・その2(2018/10/13)
標高データで火星図を描いてみました(2017/05/26)

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