ISS太陽面通過のずれを検証する2021/04/05

20210401ISS太陽パス検証図1
4月1日の国際宇宙ステーション太陽面通過は星仲間のみなさんの助けと天気に恵まれ、満足のいく観察でした。ただISSが太陽中心を通るはずの位置で見たのに、かなり外れたことが腑に落ちません。観察は「ISS TRANSIT FINDER」の直前情報(観察2時間前)を頼りに計画しましたが、なにが間違っていたのでしょうか?しばらく考えたけれど分からなかったため、自分でプログラムを組み、太陽とISSの位置関係をできるだけ精密に再現することにしました。

左は赤道座標系で太陽中心を原点に固定した図で、4月1日13:31:40過ぎから数秒間の国際宇宙ステーション位置を描いてあります。視位置は私が実際に観察した場所(ほぼ予報中心線上)を設定しました。太陽中心に対してISSの赤経赤緯がどれだけずれていたか、角度の分(arcmin)で読み取れます。正確には直交座標では赤緯に応じて歪みが生じますが、太陽は春分から10日あまりしか経っておらず、赤緯が高くないので、大きな歪みは無いものとして無視します。

太陽面通過は1日昼過ぎの現象だったので、この図では現象を含む前後のISS軌道要素(TLE)の過去データを入手し、前日21:00ぶんから6時間おきに四種の元期(=エポック…記事末参照)の軌道要素について計算しました。0.1秒おきに小さなドットを示してあります。中央近くの秒数表記は、13:31:〇〇の秒に相当し、各ラインにおける太陽中心に一番近いドットの秒数値を書いてあります。

20210401_ISS日面通過パス観察機材
結果はご覧の通り。これを見て愕然としました。中心線上で見るならISSは太陽中心を通るはずなのに、一本も通っていません。そもそもの予報地図が間違っていたことになります。日々の軌道変化があることは15年近く前に初めてISS天体通過を観察して以来知っていたことで、数日間の予報傾向を見ながら南下や北上のペースを予見し、なるべく天体中心を通るように観察位置ずれを見越して決めてました。今回もそうしたのですが、予報地図からして既に違っていたようです。(※通過時刻予想は41.9秒だったので、時刻違いは無さそう。)

本来人工衛星を表示するソフトウェアは最新の軌道要素をオンラインで取り込み、なるべく現在に近い状態を再現するのが基本フロー(のはず)。過去の軌道要素は上書きされてアプリ内に残ってないケースが多いため、過去を検証するにはその当時に使用した軌道要素を使う必要があり、軌道要素履歴を管理できるソフトウェアも必要です。言い換えると、今現在の最新軌道要素しか表示できないソフトウェアで過去を検証することはできません。

地図描画を間違えたのか、途中の計算から違うのか、天体通過表示だけが違うのか、はたまた最新軌道要素がDLされず、古いまま計算したのか…原因は多岐に考えられますが、Webアプリやソフトウェアパッケージはブラックボックスなので特定できません。私自身は過去に「ISS TRANSIT FINDER」を使った観測経験が無いため、今までこんなトラブルがあったのかどうかも分かりません。昔、CalSkyで計画していた頃は一度もミスはありませんでした。何も判断できずもどかしい…。予報に頼り切らず、最終的に自分で検算しておけば良かったと反省しました。

20210401ISS太陽パス検証図2
自身の計算結果が合っているかも気になるため、当日に撮影した画像を重ねてみました。撮影時に画角が約2°傾いていたのを修正し、最初の図に重ねたのが右画像。観察は13時台だから赤線とオレンジ線に挟まれた中間を通るはずで、0.5分角内外のずれがありますが大きくは外れてないようです。また画像は毎秒30コマの動画ですから、0.1秒間隔内に3つずつISSシルエットが写っています。それなりに正確っぽい。太陽最接近時の観測地・ISS間距離はEpoch=9:00で541.8km、Epoch=15:00なら542.1kmでした。

ちなみに元期9:00の状態で、観察地を同経度のまま南へ1.22km(=4000フィート)移動したら、青緑線のようにISSが太陽中心を通ったことになりました。これはおそらく関東全域に言えることでしょう。何らかの原因で予想地図中心線が4000フィート北上して描かれてしまったと考えれば辻褄が合います。それが今回限りのことなのかどうかまでは分かりませんが…。

ISSに限らず、どの衛星も絶対に軌道要素どおりに飛ぶわけではありません。軌道要素そのものが元期時点の近似値に過ぎず、周回ごと緩やかに遷移しますから。それに元期と元期の間に軌道修正…ISSの場合は補給機ドッキングや衛星放出など…が入ることもあり、このときは本来の予測軌道からかなり変化します。次回計画するときはこの検証法を発展確立させて、自分でも確かめようと思います。

20210401ISS太陽パス検証図3
【追記・更に混乱する事態に…】

上の検証で使った軌道要素は4月2日にCelesTrakサイトを通じて見つけ出した過去データを使いました。念のために書くと、現象前に保存しておいたものではありません。

これとは別に今日探し当てたHeavens-Above過去ログ記録をたどって、1週間あまり前までのTLEを見つけたので、あらためて計算してみました。すると…なんと、左図のようになったのです。これは予報直前まで見ていた状態とほぼ同じものでした。ちゃんと中心近くを通ることになっていますね。

どういうことでしょうか?軌道要素が2系統存在するってこと?現実に近いけれど予報サイトで使われてない(かも知れない)CelesTrakのものと、現実から程遠くなってしまう予報サイトTLE。出どころはNORAD一ヶ所だと思いますが、どちらかが嘘をついているとも思えません。大元から派生した別流派が存在するのでしょうか?

今回はSGP4アルゴリズムで位置予報を算出しましたが、計算法によってもわずかながら差が出ますし、もともと結果にも若干の誤差が含まれることが前提の手法です。TLEは見た目に区別がつかないため、正しいと思うものを使ってしまうでしょう。素人が何かを判断するのは荷が重すぎますね…。

20210405-0000_ISS高度
人工衛星はいつも同じところを同じ形で周回するようなイメージを持たれますが、実際は常に軌道を変えています。『自発的』に変える、つまりエンジンに点火して強引に変えるケースもありますが、一般的には地球周囲にごくわずかに広がる大気の抵抗や太陽活動、あるいは地球の自転斑や重力の偏りなど、自然由来の原因で徐々に変わってしまうと聞きます。

もちろん位置を変えてはいけない人工衛星は軌道修正機能が必要になります。たとえば気象観測や放送通信に使われる静止衛星は赤道上空の一定経度上にいなければ困りますよね。一番大きな人工天体である国際宇宙ステーションも常時高度が下がってしまうため、時々持ち上げて(=リブースト)います。(左上図はHeavens-Aboveで公開されているISS高度変化グラフ。)

デブリを含む全ての人工衛星は監視されており、ある時点の軌道の形は「軌道要素」と言われる数値群で簡略的に表現します。この「ある時点」のことを「エポック/Epoch/元期」と呼び、一定時間おきにエポックを設定して軌道要素を算出することで、軌道の変化を模式的に追うことができます。後日に衛星の軌道要素(TLE/Two Line Element)を入手するのは私のような一般人では困難なので、何らかの衛星現象を観測した際にはその時点のTLEを必ず保存しておくことをお勧めします。(→たとえば前出Heavens-Aboveで、通過予報一覧の「軌道」をクリックすれば、その予報に使われたTLEが表示されます。)