準天頂衛星システムと「みちびき」シリーズの軌道2017/08/13

今年6月1日に打ち上げが成功した準天頂衛星「みちびき2号」。そして間もなく打ち上げが予定されている「みちびき3号」(右下画像・出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局)。「衛星の軌道」を設計しながら、準天頂衛星とはどういうものか理解してみましょう。

みちびき2号

みちびき2号(準天頂衛星)

みちびき3号

みちびき3号(静止衛星)
今や私たちの生活は地球周回型の人工衛星なしで考えることができません。BS放送に使われる放送衛星、ネットや電話に欠かせない通信衛星、気象変化や台風状況などをほぼリアルタイムに得る気象衛星等々。また日常で意識することはありませんが、国家の安全を守る軍事衛星や、純粋に地球環境を調査する科学衛星も挙げられるでしょう。

その中のひとつに「自分の位置を知る」ための測位衛星と呼ばれる人工衛星のグループ(衛星コンステレーション)があります。俗にGPS(Global Positioning System)と言われるものはこれに属する米国の衛星群ですが、他の国のシステムも多様にあります。一連の衛星群を使った「位置を知るための体系」をGNSS(Global Navigation Satellite System):衛星測位/衛星航法システムと言います。地上だけでなく衛星とやり取りできる範囲なら宇宙空間でも使えます。スペースシャトルの飛行もGPS航法を利用したと毛利宇宙飛行士がおっしゃってました。

この衛星は一機あれば事足りるわけではなく、多くの場合4機以上の衛星を同時補足しないと位置特定ができません。今日現在GPS衛星は約30機がタイミングをずらして飛び回っており、日本の空に入れ替わり立ち替わり常時10機前後姿を見せています。(GPS以外の測位衛星も合わせたら50機前後!)

「位置を知るってそんなに重要?」と思う方も多いでしょう。でも考えてみてください。どうやって飛行機が衝突せず世界中飛べますか?目印のない遠洋で船舶が迷子にならないための方法は?大地震が起こる前兆として大地がわずかに動くのを捕捉する手段は?これらが実現できるのも全てGNSSのおかげです。現在のカーナビ・街ナビ、徘徊者捜索、動物生態調査、将来の自動運転や自動配送に至るまでGNSSの恩恵は計り知れません。

準天頂衛星を考える1
ところで日本のように中緯度の国がGNSSを組み上げるためには、ちょっとした苦労があります。衛星を使って位置を知るには「人工衛星とやり取りできる」つまり「衛星が空に見える」ことが必須条件。じゃ、私たちが地面に立って見上げる空って、具体的に宇宙のどこを見ているのでしょう?これ意外に想像しにくいんですよね。

左図はこのことを簡単に描いたもの。私たちが感じるのは水平に広がる地面と、垂直上向きの天頂を中心に広がる空。でも地軸を立てて地球全体を考えると、個人が見る空は斜めの天窓となります。しかも地球は24時間周期で自転しますから、天窓の方向は1日1回回るのです。また大抵はビルや樹木など多くの物体が空を隠しているから、場所によっては窓が狭いでしょう。更に日本は南から北まで約25°も緯度差があり、これは天頂方向の差に等しい値。私たちが見ている宇宙は「小さな窓越しに時々刻々変化する景色で、場所によっても差がある」のです。日本の全ての地域で満足できる人工衛星を都合よく飛ばすことなんてできるのでしょうか?

気象衛星やBS、CSなどの「赤道静止衛星」を考えてみましょう。BS・CSアンテナを設置してる方はお分かりでしょうが、アンテナの向きが衛星のいる方向ですね。一日一回ズレてしまう…なんてことありません。これは衛星が天の赤道に沿って公転し、公転周期を地球自転にピッタリ合わせているから。走ってるバスの窓から見ると、同速度で併走する車が止まって見えるでしょう?

太陽系天体の軌道
もし衛星公転と地球自転が合わないと「一日に30分しかテレビ映らん!」とか「特定の時間しか台風の位置が分からないよ」ってことになるでしょう。大多数の人工衛星は地上に対して動いているので、通信するなら各自のアンテナを動かして追尾しなければなりませんし、地平下に沈んでしまう時間もあるでしょう。アンテナを動かさなくて済むよう逆に衛星を動かして(空の一箇所に止まって見えるように)追尾の負担を肩代わりさせたものが静止衛星なのです。「静止」と言ってるのは見た目だけで、実際は地球と同じ速度で公転していますよ。当たり前に思えるけど、これだけでもすごい技術が必要ですね。静止衛星軌道はGNSSを構成する大事なアイディアです。

ところが前述のように南側に障害物があるところでは静止衛星が見えない可能性が出てきます。山で豪雨に遭い、助けを呼ぼうにも動けない。樹木に遮られて南の空も見えない…こんな状況、今年だけでもたくさん起きた可能性がありますね。自分の位置を相手に知らせるにも視界の広さに左右されるのは困りもの。GNSSは静止軌道衛星だけでは力不足で、空に広く展開する必要があります。

携帯電話のいくつかは基地局が衛星とやり取りする情報を補助的に使うため、狭い空や室内でも居場所を特定できる仕組みを備えてますが、この話は携帯電話に限りません。例えば動き回る車のカーナビアンテナを常に南空の一角へ向けなくてはならないのは厄介。「上に向けてポン」と置くだけで済ませたいですよね。だから「できるだけ日本上空の高い位置に留まる衛星」の重要さが見出されたのです。

こんな衛星は無理そう…
それじゃ左図のように静止衛星を赤道面から「そっくり持ち上げて」日本上空に24時間留まる衛星を飛ばせばいいんじゃないかって思えますが、残念ながらこれはNG。「衛星軌道面は必ず母星中心を通る」ケプラーの法則(第一則)という制約があるからです。これは「太陽−金星」でも「木星−イオ」でも「地球−人工衛星」でも成り立ちます。

太陽を回る天体はどの軌道を取っても必ず軌道面上に太陽中心があります(右上図/ステラナビゲーター使用)。同様に地球系を回る衛星はお月さまを含め例外なく軌道面上に地球中心があります。最低限の推進力しか持たない人工衛星では左図Bのような軌道は物理的にあり得ません。衛星Bの軌道面中心には地軸があるけれど、地球中心は外れてますから。もちろん長距離ロケットのような飛行制御可能なものを考えれば作れなくはないけれど、燃料消費と軌道制御の手間が膨大だから二日と持たないでしょう。

準天頂衛星を考える2
さあ困った…という訳で、条件を緩めることにしましょう。それが「衛星は24時間一箇所に留まらなくてよい(でもできるだけ長く天頂付近に!)」という考え方。利用可能時間が不足するぶんは「複数の衛星を交代させることで連続使用可能」にしてしまう物量作戦です。右図はこれを描いたもの。前述したアイディア1に加え、軌道を傾けて衛星直下に日本が来る時間を作るアイディア2、円軌道ではなく楕円軌道にすることで日本上空の飛行を遅くする(長時間留まる)アイディア3が肝です。(アイディア3はケプラーの法則の第二則のことですね。)

これを具体化したものが日本の「準天頂衛星システム」(QZSS:Quasi-Zenith Satellite System)なのでした。タイミングをずらした複数の衛星をこの軌道に沿って各々24時間周期で飛ばせば、代わる代わる日本の天頂付近に衛星が見えることになるでしょう。数を増やすほど衛星がひとつも捕まらない時間は減ります。またQZSSの信号形式はGPSに合わせてあるので、組み合わせて使えば精度の向上が期待できます。(※注:みちびき1号・2号・4号が準天頂衛星軌道なのに対し、今回打ち上げられるみちびき3号は静止衛星軌道です。)

アメリカのGPS衛星群は1978年に最初の実験機が上がってから40年近く経ちます。世界中どこでも位置特定可能と言う目的があるため、時間もお金も膨大でした。準天頂衛星システムは2010年に「みちびき1号」が打ち上げられ、今年2017年10月には4号も上がる予定です。利用を日本近隣に特化してるため必要のないエリアには飛ばしませんが、それでも計画上の7機体制を確立するのに2023年までかかります。一度の失敗もなく、強固なシステムになってほしいですね。

参考:
やっと捉えたみちびき2号、明け方には月と金星も(2017/07/21)

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