大気差を受けた北極星はどう動く? ― 2024/08/25
以前の記事で大気差の影響を受けた恒星の日周速度をあれこれ分析しました(→2024年7月27日記事、および8月9日記事参照)。中でも天の北極周囲は一周する間に大幅な速度変化をすることが分かり、夜が長い冬期に実写で検証できないか思案しています。それに先立ち、北極星の動きをシミュレートしてみたら、意外に手子摺りそうだと言うお話しです。
簡単におさらい。2024年現在、天の北極と北極星は離角にしておよそ38分角離れています。お月様一個分より少し大きいくらい。地球の自転軸移動(歳差)により離角は年々減少、2100年ごろ極小を迎えます(下A図)。現在の変化率はおおよそ-16秒角/年(下B図)、だいたい10年で2.5分角の減です。もちろん北極星はまっすぐ天の北極に向かっている訳ではなく、視赤緯・視赤経とも変化します。なおドリフト量の細かい変動は月の影響(章動)と考えられます(→国立天文台・暦wikiのここや、ここを参照)。
古くから行われてきた「北極星をたよりに赤道儀の極軸を合わせる方法」は多くの天文家が実践経験を持つでしょう。極軸望遠鏡に刻まれたレチクルに合わせるやり方のほか、北極星以外の星も併用したり、極軸に小さな電子カメラを付けてPCソフトで合わせたりと、バリエーションが豊富になりました。北極星を使わないアラインメントも数十年前から発達し主流の座を奪われそうですが、当記事では目的から外れるため扱いません。
光学式での極軸合わせは手っ取り早い反面、極軸望遠鏡やレチクルの取り付け精度に大きく左右されます。いっぽう電子式は天の北極が視野に入っていれば取り付け精度に左右されない反面、PCが使えなければ何もできない、北極星が見えてるのに雲が多いとソフトがエラーを起こす等のデメリットも。一長一短なので、私は常用機材に両方とも切り替えて使えるよう改良を施しています。
本題に戻りましょう。極軸望遠鏡で北極星を利用する場合「大気差で浮いた量」まで考えている方はいらっしゃいますか?そもそもどれくらい浮いてるか分からんと言う方も多いでしょう。20年ほど前まで私もそうだったので当時手計算で求めたところ、意外に大きい浮き上がりでビックリたものです。今はコンピューターで精密に計算できますから楽ですねぇ。視覚化すると分かりやすいので作図してみました。
さて、下図の青点を見ると、北緯35°あたりでは緑円間隔の半分以上浮き上がることが分かります。赤道に近いほど北極星が低くなり大気差が大きくなるため、沖縄あたりでは10年レチクル幅と同じくらい浮き上がってしまいます。もちろん北極星だけでなく「天の北極位置を含めた全体」が天頂側にずれているのです。ずれを考慮せず律義に極軸望遠鏡の目盛りと格闘するのが馬鹿らしくなりますよね。北極星の大気差が目立たないのは北極圏(北緯66.55°以北)くらいでしょう。
日本でも天の北極からあまり離れてない天体を追尾するなら「浮き上がった天の北極」を軸として追尾しても差し支えないかも知れません。でも別方向を長時間撮ったり観たりするなら少なからず影響が出ると考えられます。オートガイドで完璧に追尾しても視野回転は免れませんね。(私はいったんレチクル通りに合わせたあと、わずかに赤道儀高度を下げるようにしてきました。これで不都合が生じたことはありません。)下H図の通り、将来の北極星は日周半径がどんどん小さくなります。もしまだ極軸望遠鏡の文化が残ってるとすればレチクルも小さくなって合わせ辛くなり、極望の倍率を上げるか別な方法を模索するかという帰路に立たされるかも。
記事冒頭の全天追尾遅速マップを見ると、天の北極近辺で子午線上方通過のとき日周が遅くなり、下方通過では速くなるという結果でした。でも上C..H図の青点を見る限りそのように見えませんね。上方通過と下方通過でわずかに浮き上がり量が異なるので完全な円では無いけれど、事実上はほぼ等速円運動になってます。ではなぜ追尾遅速計算で上と下の速度が大きく変わるといった結論になるのでしょう?実はここに陥りがちなトリックがあります。
追尾遅速計算は地軸が正確な天の北極に向いていることを前提としてます。キングスレートも正確な極軸合わせがあってこそ生きるレートです。上図の青点だけ見ると確かにほぼ等速円運動ですが、それは「浮き上がった天の北極」を脳裏に描いてしてしまったからです。ここで角速度を求めるべき基点は真の天の北極(図の緑+印)であり、青点円の中心ではありません。真の天の北極から見た赤点は等速円運動であっても、青点は一定の角速度にならないでしょう。
正しい基点で追尾速度を計算すると下J図のようになります(北緯35°の例)。これは言ってしまえば「等速円運動をしている物体を、回転中心からずれた位置で観測して角速度を求めよ」といったシンプルな設問に置き換えても近似計算が可能でしょう。試しに2025.0年の北極星位置で、中心から下方に約1.42分角(上方・下方通過時の大気差の平均)ずれた点から計算した角速度は下K図のようになりました。中心をずらさずに計算したオレンジ点線は86164秒/一周の等速運動ですが、ずらすと赤線のようになります。数値シミュレートによる遅速グラフと見事に酷似しましたね。
実写で北極星を固定撮影した場合でも、例えば1分インターバルで子午線上方通過と下方通過とで軌跡の長さが違って見えるということはありません。(もしそうなったのなら別の原因です。レンズの歪みとか、三脚が動いたとか…。)あくまでも見た目は等速円運動に写るでしょう。でもその画像に写った日周の中心は「浮き上がったニセモノの天の北極」ですからお間違え無く。
では実写で北極回りの速い、遅いを確かめる方法はないのでしょうか?私が誤解してなければ、次のような方法がひとつ思い浮かびます。
この実験で、例えば1時間ガイドしたとき、北極星の赤緯で考えると上方通過で約29分角の後退、下方通過では約29分角の前進が見込まれます。この量をはっきり検出できる焦点距離で撮影する必要がありますね。なにより大問題は「PEC含め極めて正確な恒星時追尾対策ができるかどうか」。北極方向にガイド鏡を向けての追尾はできない(してはいけない)ので、例えば大気差の影響が少ない天頂付近の恒星でオードガイドするなどの手立てを検討する必要があるでしょう。理屈はともあれ、機会をつくって実践したいと思います。
参考:見かけの自転速度や北極星のずれに関する記事
大気差を受けた北極星はどう動く?(2024/08/25)
天体追尾の遅速マップを描く(2024/08/09)
天体追尾速度の変化(2024/07/27)
北極星は動くんだよ (ユーティリティ:「北極星時計」関連記事)
ユーティリティ:「北極星時計」
簡単におさらい。2024年現在、天の北極と北極星は離角にしておよそ38分角離れています。お月様一個分より少し大きいくらい。地球の自転軸移動(歳差)により離角は年々減少、2100年ごろ極小を迎えます(下A図)。現在の変化率はおおよそ-16秒角/年(下B図)、だいたい10年で2.5分角の減です。もちろん北極星はまっすぐ天の北極に向かっている訳ではなく、視赤緯・視赤経とも変化します。なおドリフト量の細かい変動は月の影響(章動)と考えられます(→国立天文台・暦wikiのここや、ここを参照)。
古くから行われてきた「北極星をたよりに赤道儀の極軸を合わせる方法」は多くの天文家が実践経験を持つでしょう。極軸望遠鏡に刻まれたレチクルに合わせるやり方のほか、北極星以外の星も併用したり、極軸に小さな電子カメラを付けてPCソフトで合わせたりと、バリエーションが豊富になりました。北極星を使わないアラインメントも数十年前から発達し主流の座を奪われそうですが、当記事では目的から外れるため扱いません。
光学式での極軸合わせは手っ取り早い反面、極軸望遠鏡やレチクルの取り付け精度に大きく左右されます。いっぽう電子式は天の北極が視野に入っていれば取り付け精度に左右されない反面、PCが使えなければ何もできない、北極星が見えてるのに雲が多いとソフトがエラーを起こす等のデメリットも。一長一短なので、私は常用機材に両方とも切り替えて使えるよう改良を施しています。
本題に戻りましょう。極軸望遠鏡で北極星を利用する場合「大気差で浮いた量」まで考えている方はいらっしゃいますか?そもそもどれくらい浮いてるか分からんと言う方も多いでしょう。20年ほど前まで私もそうだったので当時手計算で求めたところ、意外に大きい浮き上がりでビックリたものです。今はコンピューターで精密に計算できますから楽ですねぇ。視覚化すると分かりやすいので作図してみました。
下C図は北緯35°において2025年1月1日0:00UTC(=2025.0年)の北極星一周分を「真位置:赤点」「大気差含む視位置:青点」で示したもの(注:倒立像ではなく上が天頂方向)。これを基準に緯度を幾つか変えたパターン、および30年後の2055年のパターンを示しました。2本の緑色の円は10年間隔のレチクルと思ってください。前述の通り、この隙間は約2.5分角です。C図では2020.0円と2030.0円に対して赤点(2025.0年の北極星)がちょうど真ん中にありますね。ちなみに現行の赤道儀で極軸望遠鏡レチクルは右図のように2、3本の円+12分割目盛り+αというタイプが多いでしょう。ひとつの円が2020年など「基準年の北極星離角」に対応していますが、私が使ってる海外製のものは年号でなく離角そのものが書いてありました。上A図のように離角は変化するためレチクルは数十年でパターンの期限が切れ、必要に応じて交換しなくてはなりません。
さて、下図の青点を見ると、北緯35°あたりでは緑円間隔の半分以上浮き上がることが分かります。赤道に近いほど北極星が低くなり大気差が大きくなるため、沖縄あたりでは10年レチクル幅と同じくらい浮き上がってしまいます。もちろん北極星だけでなく「天の北極位置を含めた全体」が天頂側にずれているのです。ずれを考慮せず律義に極軸望遠鏡の目盛りと格闘するのが馬鹿らしくなりますよね。北極星の大気差が目立たないのは北極圏(北緯66.55°以北)くらいでしょう。
日本でも天の北極からあまり離れてない天体を追尾するなら「浮き上がった天の北極」を軸として追尾しても差し支えないかも知れません。でも別方向を長時間撮ったり観たりするなら少なからず影響が出ると考えられます。オートガイドで完璧に追尾しても視野回転は免れませんね。(私はいったんレチクル通りに合わせたあと、わずかに赤道儀高度を下げるようにしてきました。これで不都合が生じたことはありません。)下H図の通り、将来の北極星は日周半径がどんどん小さくなります。もしまだ極軸望遠鏡の文化が残ってるとすればレチクルも小さくなって合わせ辛くなり、極望の倍率を上げるか別な方法を模索するかという帰路に立たされるかも。
記事冒頭の全天追尾遅速マップを見ると、天の北極近辺で子午線上方通過のとき日周が遅くなり、下方通過では速くなるという結果でした。でも上C..H図の青点を見る限りそのように見えませんね。上方通過と下方通過でわずかに浮き上がり量が異なるので完全な円では無いけれど、事実上はほぼ等速円運動になってます。ではなぜ追尾遅速計算で上と下の速度が大きく変わるといった結論になるのでしょう?実はここに陥りがちなトリックがあります。
追尾遅速計算は地軸が正確な天の北極に向いていることを前提としてます。キングスレートも正確な極軸合わせがあってこそ生きるレートです。上図の青点だけ見ると確かにほぼ等速円運動ですが、それは「浮き上がった天の北極」を脳裏に描いてしてしまったからです。ここで角速度を求めるべき基点は真の天の北極(図の緑+印)であり、青点円の中心ではありません。真の天の北極から見た赤点は等速円運動であっても、青点は一定の角速度にならないでしょう。
正しい基点で追尾速度を計算すると下J図のようになります(北緯35°の例)。これは言ってしまえば「等速円運動をしている物体を、回転中心からずれた位置で観測して角速度を求めよ」といったシンプルな設問に置き換えても近似計算が可能でしょう。試しに2025.0年の北極星位置で、中心から下方に約1.42分角(上方・下方通過時の大気差の平均)ずれた点から計算した角速度は下K図のようになりました。中心をずらさずに計算したオレンジ点線は86164秒/一周の等速運動ですが、ずらすと赤線のようになります。数値シミュレートによる遅速グラフと見事に酷似しましたね。
実写で北極星を固定撮影した場合でも、例えば1分インターバルで子午線上方通過と下方通過とで軌跡の長さが違って見えるということはありません。(もしそうなったのなら別の原因です。レンズの歪みとか、三脚が動いたとか…。)あくまでも見た目は等速円運動に写るでしょう。でもその画像に写った日周の中心は「浮き上がったニセモノの天の北極」ですからお間違え無く。
では実写で北極回りの速い、遅いを確かめる方法はないのでしょうか?私が誤解してなければ、次のような方法がひとつ思い浮かびます。
- まず赤道儀を真の極軸に合わせ、かつカメラ写野中心を真の北極に向ける。
- 真の極軸に合ってることを確認するため、赤道儀を倍速回しで試写。写野回転中心の恒星配置が大気差を考慮した真の北極であることを示す。
- 恒星時ガイドで本番撮影する。
- 一定時間の撮影で、写っている恒星の進退をチェックする。
この実験で、例えば1時間ガイドしたとき、北極星の赤緯で考えると上方通過で約29分角の後退、下方通過では約29分角の前進が見込まれます。この量をはっきり検出できる焦点距離で撮影する必要がありますね。なにより大問題は「PEC含め極めて正確な恒星時追尾対策ができるかどうか」。北極方向にガイド鏡を向けての追尾はできない(してはいけない)ので、例えば大気差の影響が少ない天頂付近の恒星でオードガイドするなどの手立てを検討する必要があるでしょう。理屈はともあれ、機会をつくって実践したいと思います。
参考:見かけの自転速度や北極星のずれに関する記事
大気差を受けた北極星はどう動く?(2024/08/25)
天体追尾の遅速マップを描く(2024/08/09)
天体追尾速度の変化(2024/07/27)
北極星は動くんだよ (ユーティリティ:「北極星時計」関連記事)
ユーティリティ:「北極星時計」