横たわる有明月を観よう・Part12021/08/31

三日月の傾き比較
★変わる三日月や有明月
みなさんは三日月など細い月を見た経験があるでしょう。何度もご覧になってる方は「夕方西空の細い月は右下が光ってる」「明け方東空の細い月は左下が光ってる」という漠然とした印象をお持ちではないでしょうか。

少し古い画像ですが、左の風景をご覧ください。これは宵の三日月を同一機材で異なる時期に撮影したもの。ぱっと見て違いが分かりますか?月の大きさも違うんですが、それよりも「照らされてる向きが全然違うんじゃない?」って思いますよね。前述のようにどちらも確かに右下が光ってるけれど、3月撮影のほうはむしろ下側と言えるほど「寝た三日月」です。

見る時期によって三日月の傾き具合が変わる事実をご存じの方は少なくないでしょう。大雑把には「春の三日月は静かな湖面の舟のように横たわる」、また「秋の三日月は風に満ちた帆のように立ち上がる」と言われます。寝たり起きたりする変化は明け方の細い月(二十六夜月/有明月/逆三日月)でも観察可能ですが、起臥は春秋で逆になります。もちろん新月三日後や三日前だけでなく、上弦前や下弦後の月が低空に見えるなら月齢を問わず同様の違いに気づけるでしょう。とは言え、傾きがいきなり変化するわけではないため、約一ヶ月間隔で次の三日月を観察してもピンときません。思い切って三、四ヶ月おいたほうが分かりやすい、一種のアハ体験なのです。

異なる時期の月を同時に見比べることができないため、実際に体験すると「こんなに違うのか!」とびっくりするでしょう。何の予備知識もなくこの事実に気がついた人は素晴らしい観察眼の持ち主!現代ではスマホなどで気軽に風景の中の月を撮影できますから、きちんと水平出しした上で撮影すれば立派な証拠になるでしょう。この知識を踏まえた上で、今回の特集記事では「細い月の傾き」を二回シリーズで掘り下げます。今年は本州内で「明け方の細い月が完全な水平になる」という珍現象も起こります。地味だけれど貴重な眺めですから、当記事を参考に観察していただければ幸いです。


★月を二次元図形としてとらえる
冒頭でいきなり月の「向き」や「傾き」という言葉を使いましたが、これが何を指すのか、どんな意味を持つかという基本を理解することは、現象を紐解くのに避けられない点。具体例で考えましょう。今年2021年11月19日に部分月食があります。右下図のうち白地の図版はNASA Eclipseサイトからの引用で当日の月食進行図。かなり深く欠けますが、月食最大となる18:04JSTごろに地球本影(赤丸)から左下がはみ出てるから「部分」月食なのですね。ところが、Stellariumなどで同じ日時のシミュレーションをすると、欠け残っているのは向かって右下です(右下図右側)。

20211119部分月食
このように解説図と実際が違ったり、解説図同士の差で困った経験、みなさんもあるのでは?これは作図の基準座標が異なるからですが、ふつうそんな注意書きは書いてありません。「業界の暗黙の了解」があるため、それを理解する前の人には混乱の原因なのです。種明かしをすると、NASAの月食進行図は上方向が天の北極方向(赤道座標系)、Stellariumシミュレーション図は上方向が天頂方向(地平座標系)でした。座標系やその変換といった知識を人に教えられるくらい理解してないと、もどかしさが付きまとう部分。他人が撮った星座や星雲、銀河の写真なども向きがバラバラなことが多いため、目印になる特徴がなければ「これ、何?どこなの?」となってしまいます。その点、世界地図などは多くが「上が北」のルールに倣ってますから混乱が生じにくいでしょう。

ひとことで月の向きといっても様々な意味を持ちます。月面中心(月の天体中心から月面地理上の原点に向かうベクトル)がどちらを向いてるかといった「秤動」の意味もあれば、月食が始まる位置を示す「方向角」のこともあります。「今日の月はどの向きから登るんだい?」と尋ねる人は月の出の方角を向きと言ってますし、「月の軌道の向きは…」と語る人は軌道長軸とか軌道面法線が「向き」なのです。汎用性が高く便利な言葉だけれど、意味を取り違えないよう聞くほうも伝えるほうも気をつけなくてはなりません。

三日月や半月、満月などの言葉は三次元物体としての月ではなく、むしろ「天球に張り付いた二次元図形」として見かけの形を表現してると思われます。この場合、図形位置の中心や上下左右の軸(準拠する座標系)を定めれば、天頂はどちらか、天の北極はどちらかといった「向き」を相対的な角度で表せますから、特定日時の月がどこにどの様な形で見えるかを示すことができるでしょう。児童向けに売られてる都道府県パズルで、もし表と裏が分からない状態ならピースごとに「位置・回転角・表裏」の3要素を決めなくてはならないから激ムズだと思いますが、月の模様は裏返りません。秤動による模様の変化を気にしなければ「位置と回転角(向き)」だけで月現象の説明に事足りる訳です。天文雑誌やサイトに載っている月食や掩蔽、惑星との接近などの説明では「のっぺらぼう+正確な向き」の作図で簡略化されることが多いのも頷けます。ただ前出のように弊害もあり、特に細い月では地球照も一緒に撮らない限り表面模様やクレーターを特定し辛いですから、月の北がどちら向きかさえ分からないことが多いでしょう。


★明暗境界とカスプ、そして様々な軸
全面が光っている月はほぼ真ん丸ですが、それ以外の月齢ではどこかが欠けています。これはわたしたちの視点と月の位置、太陽の位置によって決まります。月は約27.3日で地球を公転しますが、その間に地球自身も公転して見かけの太陽位置が動きますから、これらが合成され、形の変化が一巡するのは平均約29.5日。これを「満ち欠け」とか「朔望」と言うのはご存知の通り。

気象衛星からの春夏秋冬
欠け際は「明暗境界」とも呼ばれ、明暗境界と月の縁が一致する点を「カスプ」と言います。カスプ(cusp)は尖ったものという意味で、上弦前や下弦後の月ではカスプ付近が「反りを持つ日本刀の切っ先」みたいだからですね。でも満月前後の月でも「尖ってないカスプ」が必ずあります。カスプ位置が定義できないのは太陽-地球(観察者)-月が完全に一直線になったときだけです。

カスプは通常北側と南側と二ヶ所あります。明暗境界は観察者から見た月と太陽の位置で一意に決まりますが、ここで注意したいのは「太陽は必ずしも月を真横(月の東西方向)から照らさない」ということ。月の満ち欠け模型など、横から照らす印象が多いけれど、実際は振れ幅があります。これは「カスプの位置は必ずしも北極や南極に一致しない」ことを意味します。更に、新月期と満月期はごく短期間だけ東西方向に位置します(詳細はPart2へ)。この理由からカスプ北端/南端といった言葉が適切ではない時間帯があることを覚えておいてください。

なぜカスプが南北からずれるかと言うと、月の赤道面や公転面が地球公転面(=黄道面=常に太陽がある面)に一致してないからですね。地球も赤道面と黄道面が一致してないため時期によって太陽が差す方向が変わり、四季の変化が訪れます。赤道上空にいる静止気象衛星の全球画像を見ると真夏や真冬に南極や北極に日があたってないことが分かるでしょう(左上画像/画像元:NICT)。気象衛星から見た“地球のカスプ”が極点を通るのは春分と秋分に限られるわけです。

地球ほど大きな量ではありませんが、これと同じことが月でも起こると考えれば理解できるでしょう。地球での黄道面に対する赤道面の傾きは約23.4°。月の場合は黄道面に対する赤道面の傾きが平均約1.54°、黄道面に対する軌道面の傾きは平均約5.14°。更に軌道面そのものが傾きを保ったまま約18.6年周期で回転しています。

右下図は2021年6月12日夕方撮影の月。この画像はカメラの水準器機能を使って左右方向を水平にして撮影しました。画像には撮影時の自転軸方向や太陽方向なども描いてあります。「天頂方向と水平方向」が垂直、「自転軸方向と赤道方向」も垂直、「弦と太陽方向」も垂直です。ここでは南北のカスプを結んだ直線を「弦」と呼ぶことにします。(※専門用語ではなく当ブログ内だけの言葉です。)学生向けの多くの教科書・参考書で満ち欠けを説明するとき自転軸と弦が一致する作図がほぼ100%ですから、誤解したまま一生を過ごす方も多いでしょう。

月の弦と傾斜の定め方
でも実際はこのように、カスプと北極南極が一致することはあまりありません。月縁と明暗境界とで構成される月の形は「対象をどこから見るか」にも左右されるため、観察者の数だけ異なる月が存在します。

当記事ではカスプの南北に関わらず、水平に対して右上がりの弦ならプラス、左上がりならマイナスの角度で示すことにします。この角度を「弦の傾き」「弦の傾斜角」などと表現することにしましょう。弦は実際には見えない仮想の線に過ぎませんが、見かけ上の月の形がどれくらい回転しているか正確に表すことができます。月齢に関わらず、また空に見えるかどうかに関わらず弦の傾斜が計算できるため、時刻に伴う変化や朔望でどう変わるのかなど様々な発展考察が可能です。なお弦が取りうる値は-180°から+180°までとします。

ちょっとややこしいのは、本物の細い月を見たときにカスプ位置まできっちり光っていることはまず無いという事実。カスプは月がツルッとした球体(回転楕円体)と見なして計算するので弦は必ず天体中心位置を通りますが、本物の月は山あり谷あり。しかも細い月の場合、逆光で照らされているわけですから、カスプ近くでは大部分が地形の影側を見ることになるわけです。従って、月を撮影して光ってる地形の端同士を結んでも弦に一致しません。観察の際はこういった影響も踏まえてじっくり観てください。


★弦はどこまで水平になるか
冒頭の比較画像のようなことは毎年起こりますが、少なくとも本州付近で毎年春の三日月がきっちり水平になるような話は聞いたことがありません。じゃあいったいどこまで傾きがゼロに近づくのか興味がわきますね。弦の傾きは観察場所が大きく影響しますが、詳細はPart2で語るとして、ここでは概要理解のため「日本経緯度原点(東京)」を代表に弦傾斜の長期的変化を見てみましょう。

下A・B図は1980年から2040年まで朔望月単位で期間を区切り、上弦以前に弦の傾きが取りうる最小値、及び下弦以降に弦の傾きが取りうる最大値を算出・グラフ化したもの。(※実際の観察を考慮し、月高度が5°以上かつ太陽高度が地平下6°以下を満たす場合に限定。)言い回しが難しく感じますが、要は「弦がどれだけ横倒しになるか」を調べたわけです。最初に述べたとおり上弦なら春に小さく、秋に大きくなる1年周期が分かりますが、更に19年ほどの周期で年間の振れ幅が増減します。下弦も起臥のタイミングが半年ずれる以外は上弦と同様。ただし約19年周期の増減も半周期ぶんずれています。

そして、よくよく見ると夕方の傾斜が0°より小さい(左上がり)ことがあるじゃありませんか!明け方でも0°より大きい(右上がり)時期がある!水平を通り越して反対側まで傾いてしまうんですね。「宵空で左下が光る月」「夜明けに右下が光る月」だなんて、頭がバグってしまいそう。適切な表現が見つかりませんが「過剰回転月」とか「逆転月」とでも申しましょうか。水平=0°を通り越して通常傾斜と逆になる意味で過剰回転とか逆転と言うわけですね。今は夕方見える機会は無いけれど、明け方なら2018年頃からチャンスが始まっており、2023年まで見えそうです。(※くどいですが東京や同緯度地方の場合です。)さあ、ここまで準備したところで、月の弦が日々どのように変化するか、そして細い月が低空に見える時期だけ見ることができる「完全な水平月」や「水平よりも反対側へ傾き過ぎた月」がいつどこで見えるか具体的に探りましょう。(→Part2へ続く

  • 弦傾斜極値・上弦

    A.弦の傾き・新月から上弦までの最小値
  • 弦傾斜極値・下弦

    B.弦の傾き・下弦から新月までの最大値


参考:
細い月の弦の水平反転の大事な話(中川光学研究室ブログ)

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