季節が足掻いているような降雪 ― 2018/02/22
アステリズム探訪[6]:ひしゃく星とやまがた星<part2> ― 2018/02/22
(ひしゃく星とやまがた星<part1>へ戻る)
今回は「ひしゃく星」に注目します。左画像の通り、おおぐま座のα・β・γ・δ・ε・ζ・ηの七つ星が北斗七星(ひしゃく星)。δ星だけ3等星台で他より暗く、透明度がすこぶる悪い夜は真っ先に姿を消します。写真を撮るとα星だけ暖色系に写りますが、これは肉眼でも見分けられます。ζ星は肉眼二重星で有名な「ミザールとアルコル」。周囲には大小様々な系外銀河があって、望遠鏡で流し見するだけで何時間も過ごせるでしょう。
今時「ひしゃく」を使うご家庭は少ないと思いますが、小学校などで星空解説をしてきた経験から「ひしゃく」の解説は避けて通れません。学校によっては倉庫や配膳室、プール等に置いてありますので、「これだよ」と実物を見せれば分かってもらえますが、そういう学校も少なくなりました。あと10年も経ったら伝説のアイテムになりそう。「ひしゃく以外で北○七星を作るとしたらどんな文字が良い?」と考えてもらうと、「鍋」「匙」「蠅叩き(字余り)」「虫取り網(字余り過ぎ!)」「フライパン(漢字ですらないゾ!)」などの案がでてきて面白いです。星座史の書物を開いても古来より様々な見立てがありますが、書き出すと切りが無いので割愛します。そう言えば当ブログ記事「海の中の宇宙[4]」には、海底地形の命名として北斗七星関連の名称がかなり登場していますよ。
少々脱線しますが、茨城県に鎮座する名峰「筑波山」は、真っ平らな関東平野中心にあることから県外からも見えるほど。頂上近くの登山道周辺にある「巨石群」は観光名所になっています。地中深くで出来たハンレイ岩やカコウ岩が地盤隆起で山になったそうで、風化の末に現代まで残った岩が巨石群になったとのこと。「ガマ石」や「弁慶七戻り」などが有名ですが、そのひとつに「北斗岩」と名付けられた大岩があるのです。昼間に訪れたり側を通った経験は小学生以来度々あって、「北斗七星と関係あるのかな?」と気になっていたのですが、多忙さ故に足が遠のいていました。
ところが2013年ごろ地元新聞の依頼で1年間執筆した「宇宙(そら)のささやき」と題した週掲載で、「夜に筑波山へ登って北斗岩と北斗七星を記事にしたい」という気持ちが再燃することになります。夜登山のモチベーションになったのは、更に10年ほど前に見つけたこの資料でした。「実際に北斗岩から北斗七星を見てヒントを得たい」という気持ちが出発点。資料著者の上原さんとは後にひょんなきっかけで(本人とは知らず)知り合いになるのですが、著者だと気付いたのはだいぶ経ってからでした。人生は奇なり、ですね。
執筆当時は仕事や生活の空きがとても少なかったため、深夜登山に要する時間や、到着時における北斗七星の高度・方位まで考え抜いて2月中旬に絞り、ぶっつけ本番で決行することにしました。(記事掲載は春予定でしたが、2ヶ月前には原稿を書き始めないといけないのです。毎週連載は本当にキツい…。)運悪く1週前に降った雪が山道にたっぷり残り、何度も足を滑らせながらの苦しい登山。やり直しがきかないため、カメラ二台と三脚、交換レンズ、予備バッテリーなど重い機材を背負っていたのでなかなか巨石に着けず、ひとり進む真っ暗な森に恐怖も倍増。
やっと北斗岩に着いたものの、足場が悪くてカメラ設置も容易ではありませんでした。かなりの広角レンズを使っても、雪だらけの崖際ギリギリでないと大岩+北斗七星が一緒に撮れません。何度も撮り直し、その度に体は冷えて行きました。左画像はそんな苦労の末に撮った一枚。空に張り出した枯れ枝に星像が阻まれることは予想外で、北斗七星が枝に隠されないタイミング合わせに一苦労。現場は真っ暗で巨石や社が闇に渾然一体としてしまうため、小さな懐中電灯で照らしています。筑波山に登ることがあったら、ぜひ北斗岩を訪れてください。またお近くに「北斗」の名を持つ史跡などあれば、ぜひ起源を探ってみましょう。北極星を神格化した「妙見」を調べるのも面白いですよ。
ひしゃく星の話に戻りましょう。七つの星で天の北極に一番近いのはα星(北極との離角約28.34°)、一番遠いのはη星(同約40.78°)です。いっぽう北緯A度から観察すると、天の北極から半径A度の範囲が周極星(地面に沈まない星)になります。北極星の下側に伸びる子午線を通過することを「下方通過」と言いますが、北海道など北緯40.78°(40° 47′)以北では七つ星が全部揃った下方通過を見ることができ、また沖縄など北緯28.34°(28° 21′)以南では七つ星が全部揃って沈む時間帯があるのです(右下図)。下方通過のふたつの境界が日本国内にあるのは面白い点ですね。日本縦断しながら七つ星の沈み方/昇り方を観察すると地球の丸みを実感できるかも。
下は同じ機材を使って茨城と沖縄とで北極星や北斗七星を撮り比べたもの。水平線を揃えてあります。撮影時刻が少し違うので厳密な比較ではありませんが、緯度による見え方の違いを実感できるのではないでしょうか。いつも似たり寄ったりに感じる星空ですが、旅先で音もなくダイナックに変化する空には驚かされます。
(ひしゃく星とやまがた星<part3>へ進む)
今回は「ひしゃく星」に注目します。左画像の通り、おおぐま座のα・β・γ・δ・ε・ζ・ηの七つ星が北斗七星(ひしゃく星)。δ星だけ3等星台で他より暗く、透明度がすこぶる悪い夜は真っ先に姿を消します。写真を撮るとα星だけ暖色系に写りますが、これは肉眼でも見分けられます。ζ星は肉眼二重星で有名な「ミザールとアルコル」。周囲には大小様々な系外銀河があって、望遠鏡で流し見するだけで何時間も過ごせるでしょう。
今時「ひしゃく」を使うご家庭は少ないと思いますが、小学校などで星空解説をしてきた経験から「ひしゃく」の解説は避けて通れません。学校によっては倉庫や配膳室、プール等に置いてありますので、「これだよ」と実物を見せれば分かってもらえますが、そういう学校も少なくなりました。あと10年も経ったら伝説のアイテムになりそう。「ひしゃく以外で北○七星を作るとしたらどんな文字が良い?」と考えてもらうと、「鍋」「匙」「蠅叩き(字余り)」「虫取り網(字余り過ぎ!)」「フライパン(漢字ですらないゾ!)」などの案がでてきて面白いです。星座史の書物を開いても古来より様々な見立てがありますが、書き出すと切りが無いので割愛します。そう言えば当ブログ記事「海の中の宇宙[4]」には、海底地形の命名として北斗七星関連の名称がかなり登場していますよ。
少々脱線しますが、茨城県に鎮座する名峰「筑波山」は、真っ平らな関東平野中心にあることから県外からも見えるほど。頂上近くの登山道周辺にある「巨石群」は観光名所になっています。地中深くで出来たハンレイ岩やカコウ岩が地盤隆起で山になったそうで、風化の末に現代まで残った岩が巨石群になったとのこと。「ガマ石」や「弁慶七戻り」などが有名ですが、そのひとつに「北斗岩」と名付けられた大岩があるのです。昼間に訪れたり側を通った経験は小学生以来度々あって、「北斗七星と関係あるのかな?」と気になっていたのですが、多忙さ故に足が遠のいていました。
ところが2013年ごろ地元新聞の依頼で1年間執筆した「宇宙(そら)のささやき」と題した週掲載で、「夜に筑波山へ登って北斗岩と北斗七星を記事にしたい」という気持ちが再燃することになります。夜登山のモチベーションになったのは、更に10年ほど前に見つけたこの資料でした。「実際に北斗岩から北斗七星を見てヒントを得たい」という気持ちが出発点。資料著者の上原さんとは後にひょんなきっかけで(本人とは知らず)知り合いになるのですが、著者だと気付いたのはだいぶ経ってからでした。人生は奇なり、ですね。
執筆当時は仕事や生活の空きがとても少なかったため、深夜登山に要する時間や、到着時における北斗七星の高度・方位まで考え抜いて2月中旬に絞り、ぶっつけ本番で決行することにしました。(記事掲載は春予定でしたが、2ヶ月前には原稿を書き始めないといけないのです。毎週連載は本当にキツい…。)運悪く1週前に降った雪が山道にたっぷり残り、何度も足を滑らせながらの苦しい登山。やり直しがきかないため、カメラ二台と三脚、交換レンズ、予備バッテリーなど重い機材を背負っていたのでなかなか巨石に着けず、ひとり進む真っ暗な森に恐怖も倍増。
やっと北斗岩に着いたものの、足場が悪くてカメラ設置も容易ではありませんでした。かなりの広角レンズを使っても、雪だらけの崖際ギリギリでないと大岩+北斗七星が一緒に撮れません。何度も撮り直し、その度に体は冷えて行きました。左画像はそんな苦労の末に撮った一枚。空に張り出した枯れ枝に星像が阻まれることは予想外で、北斗七星が枝に隠されないタイミング合わせに一苦労。現場は真っ暗で巨石や社が闇に渾然一体としてしまうため、小さな懐中電灯で照らしています。筑波山に登ることがあったら、ぜひ北斗岩を訪れてください。またお近くに「北斗」の名を持つ史跡などあれば、ぜひ起源を探ってみましょう。北極星を神格化した「妙見」を調べるのも面白いですよ。
ひしゃく星の話に戻りましょう。七つの星で天の北極に一番近いのはα星(北極との離角約28.34°)、一番遠いのはη星(同約40.78°)です。いっぽう北緯A度から観察すると、天の北極から半径A度の範囲が周極星(地面に沈まない星)になります。北極星の下側に伸びる子午線を通過することを「下方通過」と言いますが、北海道など北緯40.78°(40° 47′)以北では七つ星が全部揃った下方通過を見ることができ、また沖縄など北緯28.34°(28° 21′)以南では七つ星が全部揃って沈む時間帯があるのです(右下図)。下方通過のふたつの境界が日本国内にあるのは面白い点ですね。日本縦断しながら七つ星の沈み方/昇り方を観察すると地球の丸みを実感できるかも。
下は同じ機材を使って茨城と沖縄とで北極星や北斗七星を撮り比べたもの。水平線を揃えてあります。撮影時刻が少し違うので厳密な比較ではありませんが、緯度による見え方の違いを実感できるのではないでしょうか。いつも似たり寄ったりに感じる星空ですが、旅先で音もなくダイナックに変化する空には驚かされます。
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