アステリズム探訪[7]:ひしゃく星とやまがた星<part3>2018/02/23

カシオペアの山形星
(ひしゃく星とやまがた星<part2>へ戻る)

連載3回目はカシオペアのやまがた星に注目します。カシオペア座を形作るβ・α・γ・δ・εの五つ星はアルファベットの「W」や「M」に例えられます(左画像)。α→β星とδ→ε星が末広がりなので、(フォントに寄りますが)どちらかというとW字のほうが似ているでしょうか。(マニアックに言うと英文字Mではなく、クメール文字の易学用数字記号/Unicode=17F3が近いかも。)

でも実際にご覧いただくと、左画像のような向きで見かける機会が多いです。北極星より上に見える五つ星はMの向きになるからですね。W向きを見たければ、地面に近いカシオペアを探す必要があり、それなりに見晴らしよい場所でなければいけません。

二重星団
なお連載part2に従って下方通過の条件を書くと、天の北極から一番遠いα星まで五つ星全部の下方通過を見ることができるのは北緯33.37°(33° 22′)以北、また天の北極に一番近いε星まで五つ星全部が沈むのは北緯26.24°(26° 15′)以南です。

面白いことに、α星だけ暖色系に写るところや、ε星だけ3等星台で他より暗いのはひしゃく星そっくり。夏と冬の天の川の中間に位置し、周囲にたくさんの星団があります。δ星やε星の右上に写っている星の集まりは「二重星団」。右の拡大画像のようにふたつの散開星団が一ヶ所に集まる絢爛豪華な場所で、空の良いところなら肉眼でも存在を確認できます。

「やまがた星」というのはMの向きになっている五つ星に付けられた名称。ふたつの山がきれいに並んでいますね。写真家の八板康麿さんとイラストレーターの杉浦範茂さんによる人気絵本「スプーンぼしとおっぱいぼし」(福音館書店)ではストレートにおっぱいの形に例えていますが、α星「シェダル」はカシオペア王妃の「胸」という意味。狙ったわけでは…ないですよね(笑)。

フラムスチード・カシオペア座付近
左図はフラムスチード星図に描かれたカシオペア王妃の姿(オーストラリア国立図書館より引用)。記事最初の画像を60度ほど反時計回りにすると合致しますから、比べてみてください。

私の住む茨城県でこんな形を見ると、間違いなく「筑波山」を連想するでしょう。なぜなら「山頂が二つある山」だからです。part2でも登場しましたが、色々な場所から見た山の形をあらためてご覧ください(下A−D画像)。「双峰」などと表現されますが、南から見て右側の山を女体山、左側を男体山(日光のと同じ字)と呼びます。各頂上近くに建っている女体社と男体社はそれぞれイザナミノミコトとイザナギノミコトギを祀り、中腹の神社や男女川など縁結びへのこだわりを感じる山。百人一首にある陽成院の次の一首は筑波山の印象と人間の心象とを上手に言い含めて見事だなぁと思いました。なお筑波山にも女性の胸に例えた別名が色々と…(笑)

筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

この山は見る方角によって山型が大きく変化することで知られ、見慣れていても迷うことがあります。ふたつの頂がくっついてしまったり、逆にダラッと離れたり、高いはずの女体山が男体山より低く見えたり…。そんな中、南側から見た山型がかなりカシオペアに近いため、「やまがた星と筑波山を一緒に撮れないだろうか」「形や大きさが比較できる写真を撮りたい」という茨城ならではのアイディアをフィルム時代から温めていました。山型の向きを揃えるためカシオペアが高い「M字」のとき…具体的にはβ−εがほぼ水平になる日時が良いと考え、例えば真夜中に撮るなら10月中旬、21時頃撮るなら11月末などが候補となります。筑波山の緯度は北緯約36.08°だから、山の近辺から撮るとやまがた星の高度は約67°、方位は真北から若干西寄りに見える計算です。何ヶ所かロケハンと撮影とをくり返しましたが、当時は「筑波山とやまがた星をなるべくフィットさせる」ことばかりこだわっていたので適切な場所が見つからず、フィルムでは地上と星とをバランス良く静止できないこともあって、半ば諦めてしまいました。

  • 筑波山と霞ヶ浦

    A.霞ヶ浦と筑波山
  • 田植えが終わった田園と筑波山

    B.田園と筑波山
  • 夕日と筑波山

    C.夕日と筑波山
  • 羽田空港からの筑波山

    D.羽田空港からの筑波山


星を撮影できる一眼デジカメを使い始めたのは2005年頃からですが、しばらくは彗星など直焦点撮影に夢中だったため、いわゆる星景などはあまり時間を割きませんでした。やまがた星を再度意識したのは連載part2でも言及した新聞連載のときです。このとき「山の向きを揃えるのではなく、逆さ富士のように相対する構図にしたらどうだろう」と考えるようになりました。幾つか理由はあるのですが、一番大きな要因は「新聞紙上で見やすくするため」です。担当した囲み記事の写真は10×6cmが1枚。この小さい面積に筑波山とやまがた星をレイアウトするとき、山と星とが離れてしまうM字では小さすぎました。カップル写真を撮る際に大きく写るようにほっぺたをくっつけるがごとく、W向きの時期に山と接近するタイミングを狙う必要があったのです。

前述のように当地はやまがた星の下方通過が見えるエリアですからロケーションに恵まれれば撮影は可能なのですが、結局連載中には叶いませんでした。おまけに大病を患って自力で遠出できない身体となったのです。ところがそんなある日、星仲間であるかすてんさんのブログで偶然この構図が話題に上りました。あらためて地図を見ると、自分が徒歩移動できるギリギリの範囲に「筑波山とやまがた星が一緒に見える位置」を発見。低空まで晴れ渡る天気や持ち運べる機材を考慮しながら日時を絞り、ようやく撮影することが出来ました(下画像)。両者の大きさが違うのでもっと山に近づきたいところですが、現時点の自分に撮影可能な思い出深い一枚です。

  • カシオペアと筑波山

    カシオペアと筑波山
  • カシオペアと筑波山

    カシオペアと筑波山(説明線入り)


北斗七星とカシオペア(日周)
ふたつの有名なアステリズムを3回に渡りご紹介しました。検索で出てくるような一般知識の丸写しではなく、あまりネタにならない切り口や地域性のある話題、個人的な考えなどを取り上げたつもりです。

part1でも触れましたが、このふたつの形は理屈をこね回すだけでなく、実際の観察にこそ面白味が隠れています。私が東京勤めのころは、晴れたら必ずひしゃく星ややまがた星がどこまで見えるか観察していました。降るような星に恵まれた地域だけでなく、都会でも肉眼で観察できるんだということを実感してください。みなさんならではの観察眼でリアルな星々を楽しみましょう。

(この連載・おわり)