落下が急速になってきた天宮1号2018/02/25

天宮1号の高度(2018.2.25現在)
まもなく落下が予想される中国の宇宙ステーション「天宮1号」ですが、今年に入って落下ペースが早まってきました。特に2月中旬以降の高度低下が顕著です。

左図はHeavens Aboveに掲載されている天宮1号の平均高度(本日時点の最新データ)。急に変化した2017年9月以降12月頃までの傾斜に沿って赤の直線を描いてあります。2018年に入った頃から赤線に対して乖離してきた様子が分かりますね。「万有引力の法則」では、質量を持つもの同士(この場合は衛星と地球)は引き合う力があり、力の大きさは互いの距離の2乗に反比例する、とあります。つまり衛星が地球に近くなればなるほど強く引かれて落下速度が早まるということ。

標準大気諸量
そして相乗効果を生んでいるのが地球を取り巻く大気。大気は低層ほど濃くなるため、宇宙から落下してくるものにブレーキをかけります。正常な衛星は地球中心に対して直角に運動することで遠心力を作り、引力とバランスを取ることで落下を防ぎ、結果的に周回軌道を辿ることになります。でも大気が濃くなるほど周回方向の運動が阻害され、推進力を持たない人工衛星は急速に遠心力を失ってしまうのです。

「宇宙は空気がない」とか「山頂は空気が薄い」と言われますが、高度によって大気の密度や気圧は具体的にどんな値をとるのでしょう?右上図はよく引き合いに出されるNASAの「U.S. Standard Atmosphere(1976)」という標準大気モデルを使って計算した大気の密度、気圧、温度のグラフ。(原文を読みたい方はNASA Technical Reportsで検索してください。)気象関係の資料でよく見かける80kmあたりまでの大気構造よりもっと上の、1000kmまで描きました。横軸目盛の色とグラフの色が対応しています。「どこからが宇宙か?」ということを良く聞かれますが、このようにハッキリした境界はありません。一般的には100km(FAI:国際航空連盟による定義)と言われます。

今日現在の天宮1号軌道要素によると、近地点(いちばん地球に近い点)で高度244.38km、遠地点は265.78km。グラフを見ると一目瞭然、大気の密度・気圧・温度が急激に変化しているところに差し掛かっています。

大気密度と人工衛星高度
もう少し具体的に見てみましょう。左図は先ほどの図から大気密度のみピックアップし、日本の主な地球観測系の衛星と国際宇宙ステーションの高度を書き込んだグラフ。この図で横軸は常用対数(log10)に換算していますので、右に1目盛進むと10倍、2目盛で100倍、3目盛で1000倍というように密度の桁が上がります。また直感的に分かるよう「100km降下したら大気密度は何倍になるか」という数値も書きました。

国際宇宙ステーションが周回している400kmあたりまでは緩やかな変化なのですが、300kmを下回ると変化が文字通り「桁違い」になることが分かります。大気の密度変化が極めて少ない地上で暮らす私たちにはまるで実感が湧きません。正しい例えでは無いかも知れませんが、人間の生活圏にある空気に対して水の密度は約770倍、砂なら2000倍程度ですから、高度200kmから地上へ落下する衛星や宇宙船はプールや砂場に飛び込むより“固い空気”にぶち当たることになります(徐々に、ですが)。冒頭のグラフを見ると天宮1号の落下はまだ数ヶ月以上先のような下がり方ですが、3月中にも落下すると言われるのはこの「行く手を阻む濃い大気」のためなのですね。

超低高度衛星技術試験機SLATS(つばめ)
同様に「落下」する予定なのが、2017年12月に日本が打ち上げた超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」です。ただし落下と言ってもこちらはうまく低空飛行しながら技術試験を行う目的の人工衛星。制御下にあれば問題ありません。右画像(JAXA資料より引用)のように太陽電池パドルを翼代わりにして、高度250km以下の大気を飛ぶがごとくゆっくり落ちていきます。少しでも長期の観測ができるようエンジンまで積んでおり、このタイプの衛星としては形も飛び方も飛行高度も世界初のようです。

前述のように400kmを下回るような軌道はどんな衛星にとってもリスクが大きいです。そのため400kmから100kmあたりの大気は調査が進んでいないことも事実。当記事のグラフに示したものはあくまで平衡状態のモデルケースに過ぎず、高度100kmを越える実際の超高層大気は、年月、緯度、太陽活動、分子や原子の比率などによってかなり変化があります。例えば国際宇宙ステーションの高度400km付近だと、大気温度の変動幅は実に500K以上。密度や気圧に関しても高い位置ほど変動幅が大きいのです。現状が分からないことも多いだけに、SLATSの飛行観測への期待は大きいというもの。ちなみに今日現在のSLATSは近地点高度406.37km、遠地点高度500.47kmの緩い楕円軌道を回っています。まだ顕著な降下は始めていませんね。

天宮1号の近地点高度変化
制御不能に陥り、いつどこに落ちるか予測できない天宮1号。リスクを承知で濃い大気の中を滑空し、観測や解明に挑むSLATS。はてさてどうなりますやら。そして、将来国際宇宙ステーションを破棄することになったとき、どう“処分”するのかも気になります。

(3月5日追記)
天宮1号打ち上げ(2011年9月29日)以降2018年3月始めまでの近地点高度変化をグラフにして、左に掲載しておきます。(Calsky資料による作図。)

参考:
2018年春に落下予想の「天宮1号」に関する記事(ブログ内)
見えない「しきさい」、見える「ASNARO-2」(2018/01/19)