サングレイザー・ATLAS彗星に思う2024/10/05

SOHO-C_2024 S1_星図
長い尾をなびかせた紫金山・ATLAS彗星(C/2023 A3)の人気は目を見張るものがありますが、その影で見つかった別のATLAS彗星(C/2024 S1)も「久々の大物クロイツ群彗星か!?」と盛り上がりが異常でした。「でした」と過去形で書いたのは、IAU公式発表で軌道が露になったことで、時間と共に「見辛いかな?」「明るい時期が限られるかも」などと少し冷静になってきたように感じられるからです。

ATLAS彗星は10月初頭現在うみへび座のアルファルド近くを南下しつつあり、まさに紫金山・ATLAS彗星の長い尾の先に位置します。近日点通過は10月28.4598日(TT)、日本時間で28日20:01ごろ(※本日5日0時現在の情報)。近日点距離は0.008313AU=1243607.099kmで、太陽直径より近いですね。崩壊せずに残ったら奇跡でしょう。

左は自作プログラムによる作画で、太陽観測衛星SOHOのLASCO-C3カメラ写野を横切るであろうATLAS彗星の通過位置をシミュレートしたもの。書いてある日付はUTです。「彗星の近日点通過日時」と「地球から見て太陽に接近する日時」は全く別物で、異なることが多いのですが、今回は1時間程度のずれで一致しています。なお狭い範囲を写しているLASCO-C2カメラの場合はおおよそ右下図のようになるでしょう。

SOHO-C_2024 S1_星図
SOHOの写野は縦横幅が約16°ですから、この写野内の様子を一般の望遠鏡で見ることはできません。太陽近くではマイナス8等といったトンデモ光度予報がなされていますが、写野外ではせいぜい4等以下。仮に長い尾が出たとしても本体が太陽から離れてない状態なので、紫金山・ATLAS彗星よりも薄明に溶け込み、探し辛いと考えられます。実際のところ当日にならなければ分かりませんね。

ちなみに紫金山・ATLAS彗星もSOHO写野を横切ります(左下図)。おお、もうすぐだ!近日点は9月27.7日TTに通過していますから、この図はあくまで見かけ上の太陽接近です。世界中のどの国でもこの様子は見えないでしょうから、SOHOのサイトでお楽しみください。この星図から脱する12日以降は夕空で見えるようになるでしょう。

SOHO-C_2023 A3_星図
ところで、ATLAS彗星発見後の加熱っぷりが鼻に付いたので書いておきます。

現在は彗星の情報をIAUが一括して統制しており、ここからの発表を持って正式な彗星になります。発見報告しても直ちに公開・公認とはならず、軌道や動向がある程度正確に求まらないと発表されません。近年の突発天体発見などは見つけた天文台サイトや自動化されたサーベイプロジェクトBOTが独自に公表してしまうので「最初の発見」の意味合いは曖昧になりつつあり、問題視されているようです。「科学発展のためなら誰が最初かなんて関係ない」という意見はごもっともですが、悪意を持てばいくらでもフェイク情報を生み出せる世の中ですから、利権を伴わない公的機関による事実確認は大事でしょう。

公式発表前の新彗星(仮)はいったんIAUのCPPC(The Possible Comet Confirmation Page)で公開され、追跡観測が行われます。ここに情報が出た後に同じ彗星を「発見」しても、発見扱いにならない訳です。知らずに直前に撮った写真に写っていても、それは追跡観測の一部。またCPPCの段階で太陽に近いとなかなか精測観測が集まらないため新彗星認定に時間がかかります。岩本彗星(C/2020 A2)西村彗星(C/2021 O1・C/2023 P1)はまさにこの状況でした。

ATLAS彗星の公式発表は確か10月1日22時UTのCBET-5453でしたが、それ以前はCPPCで「A11bP7I」の符号で扱われてました。私が「A11bP7I」を知ったのは9月29日明け方に天文ベテラン知人から舞い込んだメールです。クロイツ群かも知れないとのことで、以降ずっと軌道要素を追いかけました。

彗星や小惑星の発見で追跡観測が大事なのは、発見者の名前を絞るためではなくて、どんな大きさでどんな軌道かを特定するため。既知天体と軌道が一致するかどうか、そもそも彗星なのか、デブリなどの人工物じゃないか、あるいは地球や他の惑星などとぶつかる危険性はないか、といった状況を正確に把握するためです。「A11bP7I」の初期軌道要素を見ると(少なくとも私には)明確なクロイツ群には見えず、もう少し精測位置観測が必要に感じました。

ところがこの段階でもう「クロイツ群だ」「明るくなるぞ」「第2の池谷・関彗星だ」などと騒ぐ人が現れ始めました。夢を抱き想像を掻き立て議論するのは自由ですが、軌道が定まってないのにツイート、リポスト、配信まで流れる始末で、本当にこれでいいのかと思いました。よく「偽の救助要請」でリツイートが埋まって本当の救助要請が探し出せないトラブルを耳にしますが、「とりあえず流行に乗っかっておこう」って発想も似たような現象でしょう。今回は最終的にクロイツ群候補天体(サングレイザー彗星)に落ち着いたから良いようなものの、数日経てば公式発表があるのに、それすら待てない世の中は嘆かわしいと思います。

下図はGet NEOCP orbitsサイトから拾い集めた「A11bP7I」の最初期から最後+IAU公式までの軌道要素17セットを使ったATLAS彗星の位置(ステラナビゲーターによる)。小さくて見えませんが「C/2024 S1」の後ろに番号がふってあり、大きい番号ほど新しい軌道要素になってます。初期段階は軌道決定がままならず、強制的に一部の要素をクロイツ群に当てはめたものもありました。それでは軌道が近くても信憑性ゼロですね。

A図の10月1日(0:00UT)では、どの軌道要素を使ってもほぼ一致しました(左のは紫金山・ATLAS彗星)。ところが10日、20日と経つうちにどんどんずれてきます。D・E図を見ると近日点通過ごろの混乱っぷりがわかりますね。そして太陽通過後はもっとばらばらです(F図)。広がり幅は6°以上に及び、このうち4番目の軌道要素はまだ太陽に向かっている最中でした。

十分な精測位置観測が集まらない状態では、このように軌道がうまく定まりません。彗星に関心が薄い人にとって「だいたい合ってる」ように見えても、これではダメなのです。「明るくなるかも」「尾が長いかも」という本来の不確定要素に加えて、軌道がまだ不明瞭な状態で煽り記事を配信したりツイート・リポストする情報伝達のあり方っていかがなものかと考えさせられた今回でした。「まだまだ分からないことが多いと言っておけば許される」という万能免罪符的な考え方は「これから私は嘘をつきます」と言ってるのと同じでしょう。

まずはご自身で一次情報を確認し、しっかり計算し、実物のATLAS彗星を観測してから発信しませんか?見えない位置ではないのですから。万が一近日点を越えられないなら、太陽に接近する前の今しか観察できませんよ。


★公式発表に至るまでの軌道要素を用いたATLAS彗星の位置(初期軌道要素のばらつきを可視化)★

  • 20241001_2024S1

    A.10月1日
  • 20241011_2024S1

    B.10月11日
  • 20241021_2024S1

    C.10月21日


  • 20241028_2024S1

    D.10月28日
  • 20241029_2024S1

    E.10月29日
  • 20241105_2024S1

    F.11月5日


【メモ:SOHO写野計算が合っているかどうかのチェック】
昨年1月に通過した96Pで計算し、実際のSOHO画像(2023年1月29日から2月1日まで)と合わせてみました。シミュレートは画像中心に太陽がいますが、SOHO画像の太陽(中央白丸)は画像中心からずれているため、外枠でフィットさせることができません。位置合わせは太陽基準に行いました。またプログラム上は「SOHO位置を太陽・地球系のL1位置に固定」として計算してますが、実際はL1を中心に変動しています。このため計算ずれが生じることもあります。更には彗星軌道要素も日々変化しますから、通過当時の軌道要素を使わないとずれの一因になるケースもあります。なお軌道計算が正確にできる惑星では非常によくフィットしました。SOHO画像は左右方向が黄経方向です。撮影光学系の歪みは分からないため補正していません。(※L1:ラグランジュポイント1:太陽と地球を結ぶ軸線上にあり、地球よりも約1%太陽に近い。)

  • SOHO-96P_星図

    G.シミュレート
  • SOHO-96P_星図+実際のSOHO画像

    H.実際の画像と減算合成

1995年に打ち上げられたSOHOの搭載カメラは1024×1024ピクセル。C3カメラはピクセルサイズ21µm角のCCDで、56″角相当。よって1024px×56″角=15.93°の画角。またC2カメラは同じセンサーで1pxが11.4″角相当だから1024px×11.4″角=3.24°の画角。ちなみにボイジャーのCCDは800×800ピクセル。それであれだけ高解像度画像を撮っていたのだからすごい。(※当時から高度なモザイク撮影&デローテーション&合成技術があった。当然だが被写体も撮影カメラ自身も高速で動いている。)