見えない「しきさい」、見える「ASNARO-2」2018/01/19

20180119ASNARO-2天頂パス
昨日朝に打ち上げられたイプシロンロケット。搭載されていた地球観測衛星「ASNARO-2」は無事衛星軌道に乗り、地球周回を始めました。24時間近く経った今日の夜明け前には北海道から関東の上空を通過するパスがあり、目視することができました。

左画像は今朝5:48頃、当地・茨城県南部で撮影したもの。直前まで薄雲に覆われ1等星しか見えない空でしたが、運良く通過前に少しだけ晴れてくれました。おおよそ天頂を向いており、上が西、左が北です。黄色矢印の先にごく淡い線状の軌跡が見えますね。おおよそ4等級前後と思われます。

実は直前まで通過パスがあることはおろか、見える可能性があることすら気付きませんでした。これには深い(?)訳が…。話は1ヶ月近く前に打ち上げられたH2Aロケット37号機まで遡ります。気候変動観測衛星「しきさい(GCOM-C)」と超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」のふたつがロケットにまとめて搭載され、一度の打ち上げで異なる軌道に投入するという離れ業が成し遂げられましたね。

この打ち上げを中継やニュースでご覧になった方は多いと思いますが、ここ何回かのH2Aロケット打ち上げをモニターしていた方は、ちょっと面食らったかも知れません。というのは、気象衛星「ひまわり9号」や準天頂衛星「みちびき2号・3号・4号」と続いたロケットは全て東へ向かうルートだったからです。ところが37号機は南…というより南西へ向かって飛んでいきました。衛星をどんな軌道に乗せるかでロケットの向かう方向は当然変わるのですが、知らないで見ていると「いつもと違うじゃん!」と感じてしまうでしょう。私も予備知識なしで37号機打ち上げを見たので、「あれっ!?」とビックリしました。(※下A・B・C図はJAXAサイトからの引用で、各ロケットの飛行経路図。)

  • 飛行経路・H2A35号機

    A.H2A・35号機の飛行経路
  • 飛行経路・H2A37号機

    B.H2A・37号機の飛行経路
  • 飛行経路・ε3号機

    C.イプシロン・3号機の飛行経路

衛星が天頂に見える場所は、衛星から見ると「直下点」です。直下点が特定エリア周囲に留まり、特に東西方向にほとんど動かない静止衛星や準天頂衛星は、地球の自転に衛星位置をシンクロさせる必要があります。このような衛星は「同期衛星」と呼ばれ、一日一回地球の自転方向、つまり東へ東へと周回します。

対して、地球全域を回ってあちこち観測する地球観測衛星の類は、「一日一回の同期」にこだわる必要がありません。むしろ大事なのは観測条件をなるべく統一すること。具体的には「見ている方向の明るさ」、つまり観測方向に差し込む太陽光が極力一定になるような「太陽同期」という軌道設計がなされます。「しきさい」も「ASNARO-2」も「太陽同期衛星」なのです。地上で見ると太陽は西へ西へと回りますから、衛星も日なたを追いかけて西へ動きます。もちろん北極や南極も観測しますので、南北にも動きます。もう少し詳しく言うと、何日か経つと元の位置へ戻るので「太陽同期準回帰衛星」という軌道です。

下のD図とE図は今朝時点の最新軌道要素を使って今日1日分を計算した「しきさい」と「ASNARO-2」の軌道マップ。(正確には直下点を線で結んだ地図。Ground Track Mapなどと言います。)0:00と24:00の位置をメモしたので、西へ回り込む要素があると分かるでしょう。それぞれ一周する周期は違うけれど、概ね似たように飛んでいることが見て取れますね。

  • 20180119-しきさいマップ

    D.「しきさい」の軌道直下点マップ
    2018年1月19日(青丸印は赤道との交点)
  • 20180119-ASNARO2マップ

    E.「ASNARO-2」の軌道直下点マップ
    2018年1月19日(赤丸印は赤道との交点)

ところで、「しきさい」は可視光を含む近紫外域から熱赤外域まで19種もの観測波長センサーを持っていることが特徴です。つまり基本的にたっぷり日光が当たっていないと全てのセンサーが本領発揮できません。だから「しきさい」の飛行ルートの半分は昼間の光を追いかけることになります。(※残り半分は影の中になりますけど…。)上の地図で、直下点が赤道と重なる地点で太陽高度を計算するとほぼ55°を必ずキープしていました。(※夜側ではほぼマイナス55°。)下のF図は今日一日でたどる直下点の太陽高度を描いたグラフ。赤丸が赤道位置での高度になります。この値は小さな季節変動などがあると思いますが、短期的には急に大きく変わったりしません。

普通の人工衛星のように「しきさいっていつ見えるのかな?」と思って計算し、このグラフまでたどり着いて愕然としました。F図から分かるのは、少なくとも日本にいる限り「しきさい」は必ず真っ昼間か真夜中しか頭上を通らないということ。宵や明け方にキラリと光りながら飛ぶことは決してありません。ASNARO-2の打ち上げを見て「ああ、これも太陽同期衛星なんだね」と思った私は、てっきり「しきさい」と同様に見えないものだ早合点しました。ここから冒頭のお話しにつながります。

日付が今日になってしばらくすると「ASNARO-2」の軌道要素が発表になったので、さっそくあれこれ計算してみました。F図と同様に太陽高度を計算したら…なにか変です(G図)。どう考えても昼の光を追いかけてるように見えません。むしろ昼夜の境界線を追いかけているような状態ですね。「ASNARO-2」は光学的センサーではなく、発射した電波の跳ね返りを使って観測するタイプ。太陽は衛星の発電以外ではむしろノイズの原因など邪魔な存在なのでしょう。ということは宵や朝しか上空に来ないので、うまく薄明薄暮時間に飛んだら目で見えるかも知れないと思った次第。この結論が出たのは冒頭画像撮影の2時間ほど前でした。その後、予報サイトCalSkyに掲載され始まったのを発見し、実際の空で観察できたのでした。

  • 20180119-しきさい計算

    F.「しきさい」の軌道状況
    2018年1月19日
  • 20180119-ASNARO2計算

    G.「ASNARO-2」の軌道状況
    2018年1月19日


【可視・不可視条件をもっと追求したい方のための補足】

上記事の内容はあくまで打ち上げ直後の状態です。軌道要素は時々刻々と変わるので、少し経ったら全く状況が変わるかも知れません。予報サイトHeavens Aboveによる「しきさい」と「ASNARO-2」の可視予報はそれぞれ次のリンクでご覧いただけます。(URLアドレスが見えるよう、書いておきます。)

  • 「しきさい(GCOM-C)」
    http://www.heavens-above.com/PassSummary.aspx?satid=43065&lat=35.0000&lng=140.0000&tz=JapST

  • 「ASNARO-2」
    http://www.heavens-above.com/PassSummary.aspx?satid=43152&lat=35.0000&lng=140.0000&tz=JapST

このリンクは初期値が北緯35.0°、東経140.0°になっています。URLの「lat=」と「lng=」の後に続く数値をご自身の観察地の緯度・経度(必ず十進・小数表記)にすると、自分専用の予報となります。必ず最初に場所を設定してください。

この機能を使い、上記記事内容が観察場所や時期によって変化することを具体的に確かめることができます。1月20日現在の軌道要素によると、デフォルトの観察地では「しきさい」の予報が全く表示されないでしょう。でも「衛星高度がプラス、かつ、日没後の薄明時間帯」となる北緯55°付近より北では薄暗い空で衛星に光が当たる可能性があるため、可視予報が表示されます。(緯度だけ変えてみてください。)時刻を見ると宵や明け方とは言えない場合もあり「地球の裏側から“肩越し”に衛星が照らされているのを見る」状態であることが分かるでしょう。地球に対する太陽位置は時期変動があるため、夏期は日本でも低空に見える可能性があります。

「ASNARO-2」でも赤道を挟んで南北で差が出るでしょう。これも1月20日現在の軌道要素によると、南半球高緯度(緯度をマイナスにしてください)では「ASNARO-2」が見えません。昼間が長い冬期の南半球では、太陽が沈んでいない時間帯に通過してしまうからです。今の飛び方が続くなら夏期は逆転し、日本からも見えなくなる可能性があります。

この記事は掲載時点の個人的分析に過ぎません。くり返しますが衛星運用によって軌道はどんどん変わります。実際の空で経過を観察し、みなさんご自身の目で確かめてみましょう。