マイナス40等の彗星…だと!?2026/02/14

MAPS彗星(C/2026A1)光度曲線
クロイツ群のひとつとして発見されたMAPS彗星(C/2026A1)がマイナス40等以上になるとの予報が(多分よく分かってない)界隈を賑わせています。発端は11日頃発表されたCOBSの光度曲線でした。前方散乱を加味するとなんとマイナス60等以上!うわ〜い、見てみたいぞ(笑)

左図は14日0時時点におけるCOBS観測値および予報係数による光度曲線(オレンジ点線)を自作プログラムで描き直したもの。参考としてVanbuitenen氏のサイトで予報されている曲線も青線で描いてあります。また後述するように、光度計算に必要な彗星の地心距離(delta:緑線)と日心距離(R:赤線)のグラフも追記しました。クロイツ群の彗星は別名サングレイザーとも呼ばれる通り、太陽に大接近することがグラフからも読み取れますね。

普通に考えれば光源(太陽:地球から見てマイナス27等)より明るくなるはずがなく、彗星がミラーボールみたいな物だとしても太陽より暗くなります。万が一マイナス40等になるとすれば、それは太陽接近時に強烈に光る恒星のような天体と言うことになってしまいます。もちろんそんな兆候は微塵もありません。

では、どうしてこんな破天荒な数値になったのでしょう?それは彗星の光度式を見れば分かります。現在もっともよく見かける全光度\(M\)の計算式は次のようなものです。

\[M=m_{0}+5\times\log_{10}​\left(delta\right)+k\times\log_{10}​\left(R\right)\] \[M=m_{0}+5\times\log_{10}​\left(delta\right)+2.5\times{n}\times\log_{10}​\left(R\right)\]

log計算値
ふたつの式は最後の\(log_{10}​\left(R\right)\)の係数が単独の「k」で書かれるか、「2.5のn倍」で書かれるかの違いだけで、本質は一緒。IAUなどから発表されるものはnが使われ、ステラナビゲーターなどではkが使われています。実際の観測にフィットするような\(m_{0}\)や\(k\)または\(n\)を求めてゆくことが光度予測の基本です。

\(m_{0}\)は標準光度と呼ばれ、彗星の地心距離と日心距離が1AUのところにいると仮定したときの光度。その後ろに続くふたつの\(log\)が、彗星の運動に合わせて増減する項目です。この計算式には距離以外の要素が登場しません。彗星本体の大きさとか、コマの発達とかは関係ない式なのです。彗星の距離だけなら数字上はいくらでも小さくなります。今回はクロイツ群彗星と分かっているから、太陽最接近ごろの\(R\)がとても小さいだろうと予想できます。

単純な\(B=\log_{10}​\left(A\right)\)という式は右上のようなグラフになります(Aが横軸、Bが縦軸)。数学で真数と呼ばれるAはゼロより大きくなければなりませんが、正の数であれば限りなく小さくできます。ご存知の通り全光度\(M\)は数値が小さくなるほど明るいことを意味します。つまりlogの中の数字が1未満の小さい数値になるほどマイナス側に大きくなるので、「地球や太陽に近いほど明るい」と言うことになるのです。

\(delta\)や\(R\)は天文単位(AU)で表す数値で、クロイツ群の彗星が近日点を通過するころなら\(delta=1\)、\(R=0.005\)に近いことが多いです。冒頭グラフを見ればMAPS彗星も同様の軌道をたどっていることが分かるでしょう。となると、\(log_{10}​\left(delta\right)=0\)、\(log_{10}​\left(delta\right)=-2.3\)に近くなるわけです。参考までに、MAPS彗星までに見つかっているクロイツ群彗星のうち、JPL-HORIZONSで軌道要素が拾い出せた1274個について近日点距離の分布を左下図として掲載しておきます(※元期は近日点通過日0時UTとした)。近日点通過後も生き残った池谷・関彗星(C/1965 S1)は約0.00778AU、崩壊したATLAS彗星(C/2024 S1)は約0.00795AUでした。

クロイツ群近日点距離分布
今日時点で最新の軌道要素ではMAPS彗星の近日点距離は0.005454AUとのこと。これは太陽半径(=0.0046526AU)を1とすると、1.1722くらいになって、もう「太陽をかすめる」と言ってもいい距離感ですね。観測値にフィットさせる曲線を考えたとき、特に近日点から遠いころは光度変化が少ないため観測値の精度が上がらず、これに伴って太陽に衝突するような軌道予報になり、考えられないような光度になってしまうかも知れません。(そもそも太陽から遠いところで見つかったクロイツ群というだけでも珍しいケースです。)

ですが、それは数字上のトリックであって、「実際にそうなる」と断言してるわけでは無いのです。COBSの曲線は観測値によくフィットしてるし、嘘をついてるとまでは言いませんが、光源より明るくなってしまう等の補正が無いまま公開しているのは問題です。前述のシンプルな光度式のみで行う予測にそもそもの限界があるのかも知れません。軌道要素はある瞬間の形に過ぎないためどんどん変化します。彗星軌道は「太陽系重心」に対する動きであって、太陽中心ではありません。太陽も太陽系重心に対してプラスマイナス太陽直径ほども動いてしまうので(→2022年3月8日記事参照)、太陽近傍の軌道は通常の軌道要素だけで表現し切れなくなります。

今回のようにキャッチーな数字ばかりが切り抜かれて独り歩きするようになると、それを広める人が修正する人を凌駕してしまうでしょう。AIニュースはそれを取り上げ、ますます拍車がかかります。願わくば多くの人が正常な知識で判断できるようになること、そして間違いにブレーキをかけてくれる専門家がきちんと発言してくれることを。

コメント

トラックバック