月食中の地球影移動&ターコイズ2025/09/11

20250908月食シミュレート
「月食中の地球影の移動が今ひとつ分からない」「恒星時追尾で月食経過を連射し、比較明合成した地球影は偽物なのか」といった月食関連の質問をいくつか受けたので、分かる範囲でお答えします。

★地球影は変な動きをする
最初から言葉で説明しても分かり辛いので、まずは左のStellariumシミュレーションGIF動画をご覧ください。これは先日の皆既月食を含む、9月7日15:00JST(月出前)から8日12:00JST(月没日)まで、30分ごとの月と本影円・半影円を描いたもの。もちろん地心ではなく地上(日本経緯度原点/東京)から見た見え方です。同じことはステラナビゲーターでも可能です。

背景の恒星が動いていないことから、恒星時追尾すれば月と地球影がこんなふうに動くよ、ということなんですが、一瞬「えっ!?」となりませんか?地球影は見えませんから、こんな奇妙な動きをしてたなんて想像つきませんよねぇ。また、よくよく見ると月も直線状に動いてなくて、緩やかに波打って移動しています。

以前に「ほしぞloveログ」のSamさんが悩んでいらしたように、普通にガイドして合成したら、影が上下左右に移動したぶん「変形した影」を抽出することになってしまうでしょう(→2022年12月14日記事参照)。たまたま変形量が少なくて丸い影っぽく見えることはあっても、それは偶然の産物に過ぎません。特に本影食が月出没に比較的近い今回のようなケースは、順行→逆行または逆行→順行に切り替わるために影移動が遅いので変形が目立ちにくい、というだけの話です。

地球影が動くのは「有限の距離」を見ているからです。影なので実体はありませんが、もし影の中心がピカピカ光る点だったら、その点は地心から見て太陽と反対方向にあり、かつ月と同じ距離にあるという条件を満たします。この仮想点は地球の公転に従って1日に約1°(1年で360°)西から東へ順行します。いっぽう日本にいるみなさんは自転によって東へ猛スピードで回転してますから、地球近傍で動きが遅いものは恒星に対して相対的に西へ逆行して見えます。月程度の距離でも自転に伴う逆行速度が勝ってしまうため、仮想点の順行速度を上回ってしまうのです。

仮想点が東から上るころ逆行が始まり、西へ沈むころ順行に戻りながら、少しずつ公転ぶんを消化してゆくのです。この一連の動きが冒頭のGIF動画に全て入っています。なお月の公転は観測者の自転による逆行よりずっと早い(1ヶ月弱で360°)ため、逆行に屈するすることなく東へ進みます。それでも視点移動に伴う南北の揺れがあって、緩やかに波打って見える、と言うわけです。

もし連射や動画で正確に影を描きたいなら、影の位置を予め計算し、時々刻々と移動する影を追尾するような架台制御を考えてみましょう。今の時代なら「1分ごとにちょっと移動して撮影」と言ったスケジュール撮影機能を駆使すれば実現できそうな気がします。

★ターコイズは青じゃない
かつてブルーベルトと呼ばれた時代もありましたが、すっかりターコイズフリンジに駆逐されてしまいましたね。ブルーが定着せず「トルコ石のような青緑」が流行るとは、よほどのこと。20年近く前にNASAの記事で使われ始めた表現だそうですが、古くて元記事が見つかりませんでした。この縁取りの色は実際に分光観測もされているため、陰謀論やアーティファクト説はまず無いでしょう。私もどちらかと言ったらいまだに懐疑的なのですが、「写ってないから存在しない」「写ったから存在する」などの短絡的な見方がダメなことは分かります。やはりきちんとしたエビデンスの追求が不可欠ですね。

ターコイズは青と違います。絵の具にはターコイズブルーやターコイズグリーンがあって、それぞれ独特の風合いがあります。Webで無理に表現すると、ターコイズブルーターコイズグリーンになります。でも普通ブルーやグリーンは付けず、ターコイズのみでこの系統の色彩群をまとめています。撮影した画像をわざわざこの色に似せる必要はありませんが、青一辺倒じゃないと言うのは実際に眼視観察すると分かります。

20141008皆既月食
大気組成のうち雲が到達できる10kmまでが対流圏、その上の成層圏にあるオゾン層を通過できた光がフリンジの色を作ります。よくオゾン層は紫外線を吸収して生物を守ってると聞きますよね。もう少し具体的に言うと波長300nm以下(紫外線)をほどんど吸収、440-800nm(600nm前後が最も多い)を少しだけ吸収するそうです(理科年表サイト参照)。可視光域では概ね「R:G:B= 1.0 : 1.2 : 1.8」程度の比率で通過して月まで到達するので青緑の縁取りになると言うわけ。この比率だと真っ青にはなり得ません。せいぜいブルーグレイとか浅葱鼠(あさぎねず/伝統色のひとつ)とかです。

「赤を吸収し青だけ通す」といった極端な説明が出回り過ぎてるけれど、そうじゃありません。しかもこの光が届くのは本影の縁の約0.05°角(=3分角→月軌道付近で約400km幅)のみ。そこが全部ターコイズと言うわけではなく、地球影中心に向かってだんだん青が減り、代わりに夕日色や赤銅色が混ざり始めます。だから、太くて青いマーカーで描いたような縁取りになってる画像を見ると、青ばかりにとらわれて階調を削り過ぎちゃってるなぁと残念に思うんです。

双眼鏡や低倍率望遠鏡でじっくり観察すると、確かに影の縁はブルーグレイに感じるんだけど、すぐ内側から広範囲にわたってくすんだ緑や黄緑が結構広がってるなって感じるんです。面積が広いだけに、私には青よりも緑のほうが目に残る。肉眼で見えるのだから色温度なんて関係ありません。色彩強調した写真よりも肉眼のほうが微妙なグラデーションが分かりやすいですね。右上画像は10年以上前、当ブログを始めたころの皆既月食で、何度も何度も実物を見て脳内記憶し、撮った画像を記憶に寄せて再現したもの。NASAの科学者がブルーと表現しなかった気持ちがとても分かりました。

TopoLuno
月食の色再現については様々な観測を元にモデル化が進んでいます。最も優れたサイトのひとつをご紹介しましょう。Abdurrahman ÖZLEMさんのサイトにあるメニューとひとつ「TopoLuno(Topocentric Lunar Simulator)」です。(※説明ページ最下部に実行リンクがあります。)最新の研究を元にwebブラウザ上で月の色などをなるべく正確に再現するもので、月食だけでなく月出没の歪みや色変化など、たくさんのことができます。左は今回の月食を再現した作業中のスクリーンショット。「そうそう、これだよ、これ!」と叫んでしまいそうな再現性ですね。時刻経過に対する露出倍数や、ダンジョンスケールが変わったら(空気の汚れ具合が変わったら)どう見えるのか、と言ったことも再現できます。あくまでシミュレーションであることを理解した上で参考にすると良いでしょう。

このwebアプリの仕組みを学べば、月面から見た地球大気の発光シミュレーションも作れそうな気がします。元々月食に関係ない分野ですが、地球大気を薄いレイヤーの塊と見なし、大気差や蜃気楼現象などをモデル化する研究は随分前から盛んに進められており、私もいくつか論文を読んだことがありました。太陽光を地上観測者で止めず宇宙まで延ばせばいいだけの話なので、理屈上は難しくありません。問題なのは太陽が点光源ではなく面であり、また大気は三次元的に広がるため、微小な屈折光を大気全体・太陽全面について延々と積分しなくてはならない、と言った計算コストの面でしょうか。パソコンで賄えるような規模まで簡略化する必要があるでしょうね。いつか暇になったらやってみたいことです。

【補記】
20220910名月
通常の月面は色が無い世界のように見えます。登りたての満月や沈みかけの三日月が黄色やオレンジに見えるのは大気のせいで、月そのものの色じゃありません。ですが、カラーカメラで月を撮って大気の影響を無くすキャリブレーションをした後、これでもかと言うくらい彩度を上げると様々な色が見えてきます。これは月表面の岩石の色です。

左上画像は2022年9月の名月をノーマル処理したもの(左側)と、彩度アップしたもの(右側)。かつてNASAが月面組成を調べて疑似カラーマッピングし、「ミネラルムーン」と表現したこと(このページを参照)に倣い、2010年台からこうしたカラフルな月面表現をアマチュアもミネラルムーンと呼ぶようになりました。ちなみに皆既中の月はこのミネラル色も含んだ色調になってるんですよね。

flickrなどに素晴らしい天体写真を投稿しているManuel Hussさんなどはミネラルムーンの名手で、単純な彩度アップでは表現できないカラフルで高精細な月面はいつ見ても感動します。ひとつ言えるのは現在のミネラルムーンがNASA画像のような疑似カラーではなくて、本来の色を出そうとしているところ。静かの海は大部分が青っぽく、晴れの海は茶色っぽい。こうした違いはチタン含有量とか、風化の年代を表す指標なので、どんな色や明るさなのかが重要な意味を持つからです。彩度は変えても、意味なく色相は変えないのがミソです。

さて、この事実を踏まえた上で…。

撮影したカラー天体画像の仕上げは大きく二種類の系統に分かれます。ひとつは(1)ありのままを目指すスタンス。もうひとつは(2)科学的にできるだけ本来の色になる補正を施すスタンス。例えば夕日を撮ると太陽は茜色になりますから、(1)の人は夕日の色(見たままの色)を目指すでしょう。でも(2)の人にとって太陽光は色温度(ホワイトバランス)の基準なので、カラーで撮っても色付いてるのはNG、茜色を排除したりフラット補正やら大気差補正をしまくるでしょう。どっちが正しいとか間違いという話ではなくて、何を目指すかで立場ががらっと変わるということ。まじめに取り組むなら、どちらの視点もすごく大事です。

国内でもユーザーが増えてきたPixinsightではSPCCのような機能ができたおかげで「本来の色」にものすごくこだわって仕上げる(2)の人が多くなりました。でも月面画像に関して正確性を追求する方は少ないようです。上で述べたようなターコイズフリンジの表現も千差万別。各々が想像する「私だけのアナタ(ターコイズフリンジ)」になってしまうのはなぜでしょうか?望遠鏡でじっくり見てその通りに仕上げる(1)の人でもなければ、前述ミネラルムーンのような「本当は何色か」にこだわる(2)の人でもない。誰かがやってたから自分も真似てみたっていう方も少なくありません。趣味だからいいんだけどさぁ、月だけ扱いが適当過ぎるのヒドくない?どうして星雲並みにとことんこだわってくれないの?…などと思ったり。月面専用SPCCみたいな機能があったら良いのになぁと夢見ています。