『あまのかわ』か?『あまのがわ』か? ― 2025/08/08
いつも楽しませていただいてる天リフ作業配信で、二日にわたって話題になった「あまのがわ」と「あまのかわ」(8月6日配信、および8月7日配信)。私は「がわ」を使いますが、美しい川のニュアンスを活かす「かわ」派の山口さんにも激しく同意します。実は全く同じ理由で星月夜や初月を「ほしつきよ」「はつつき」と濁点無しで読んでいました(※一人のときに限る)。ちなみにルビ付きで表記される学研キッズネットでは「あまのがわ」でした。たぶん子どもたちは川よりも天の訓読みのほうが耳慣れないでしょう。
こんな狭い島国なのに多様な方言や発音の癖が共存する、それが日本です。標準語・共通語は正誤を判断するためではありません。明らかな言い間違え以外は、どんな表記や発音でも意味を持ち、素晴らしく感じます。天文ことばの読みや発声に関しては様々な思いや苦労を経験してきたので、今回はそのお話し。
プラネ解説や番組制作を統括していた若いころ、曖昧に済ませられないことが多々ありました。現代プラネは大きく二つの投影法…スタッフによる生解説(ライブトーク番組)と、前もって記録された演出を観客に見せる劇場タイプ(オート番組)があります。オート番組が可能な施設はバックヤードに複雑な機器を仕込んでますので大型館が多いです。生番組なら言い間違えても(気付けば)その場で訂正できますが、ナレーションやBGMを作り込んだオートでは不可能。事前の録音スタジオで修正を完結させなくてはならず、シナリオ執筆からスタジオ作業まで一言一句に神経を使いました。アニメや映画アフレコと違い、収録と編集は半日で終わらせます。有名声優さんの起用が多かったけれど、声が良くても発音の癖があるし、事前読み合わせ無しだから堂々と「そとわくせい」「おうどうじゅうにきゅう」と言っちゃうくらい用語を知らないため、あらかじめルビを振ったり、現場での適切なディレクションが欠かせません。
オート番組は投影された星空の下でラジオを聴くようなもの。暗順応を考慮してドームに文字を出す演出は極力減らすので、音声だけで理解してもらう必要があります。日本語は同音異義語が多いため、シナリオ完成前に自分で音読し、誰かに耳だけで聞いてもらう「耳校正」もしました。ある生解説で「みんな、星座って知ってる?」と聞いたとき、一斉に姿勢を正したのは笑い話。こどもたちが先に思い浮かべるのは「正座」なんですね。大人でも「えいせい」→「衛星/衛生」、「せいけい」→「星景/星系」を区別できないことがあるでしょう。
山口さんのお話に出ていた佐藤勲さんの外国語発音調査も理解はできます。ただ、例えば彗星を発見した「Pajdušáková」さんの発音を聞いた全ての人が「パイドゥシャーコヴァー」とカタカナ変換するかと言ったら難しいでしょう。私は視覚的にパジュサコバで覚えてしまい、多分もう変えられません。最後の伸ばし音もコンピューター/コンピュータ、プロバイダー/プロバイダといった差に近くて微妙です。「こう聞こえる」というのは人によって変わるから、発音と表記は分けて考えたほうが良さそう。また科学館・博物館関係の仕事では解説書やリーフレット、案内板などを編纂することも多く、発音をどのようにルビやローマ字+英字表記に落とし込むか、といった問題も出てきます。日本人が普段発声できない音は尚更難しい。
アトラスは正式表記が「ATLAS」(Asteroid Terrestrial-impact Last Alert Systemのイニシャルなので全て大文字)ですが、カタカナ表記やAtlasなど小文字交じりも見かけました。NEATやPanSTARRS(これは大文字小文字が混在)のようにカタカナに直すほうがメジャーな表現になる場合もあれば、SOHO彗星を「ソーホー彗星」とわざわざ書き直してややこしくなった例もあります。153P/Ikeya-Zhangは池谷・張彗星が一般的表記ながら、Zhangは「ちゃん」読みと「ちょう」読みが混在してました。漢字が入ると日本人として混乱しますよね。書き言葉では「チャーン」「チャン」に近いけれど、発声は「ヂャーン」「ヂャン」が近いです。そう言えば天体カメラでお馴染みのZWO社は「Zhen Wang Optics」ですが、みなさんならどうカタカナ化しますか?
カシオペア座はラテン語表記で「Cassiopeia」。かつて使われた「カッシオペイア」「カシオペイヤ」はあまり聞かなくなり、「カシオペヤ」または「カシオペア」が多くなりました。日本天文学会ではカシオペヤ、JRの寝台特急はカシオペア、バンド名もカシオペア。ペガスス/ペガサス問題、ヘルクレス/ヘラクレス問題、プレアデス/プレヤデス問題も業界では有名で、根深い問題。天文界よりずっと影響が大きいアニメや漫画、映画、ゲームではペガサスやヘラクレスが多用されるため、天文界だけはでどうにもできないんです。小学校に入る前からみんな聞いて知ってますからね。
「ε」イプシロンを耳で聞いてカタカナに直すと「エプサイラーン」か「エプシラン」に近いです。発音記号は「épsəlɑ̀n」(米語)または「epsáilən」(英語)ですから、間違いなく卵のeggと同じ「エ」で始まり、最後はタマネギのonionと同じ「アン」で終わります(※オニオンはNG、アニァンに近い)。これだけでも発音と表記は別物と感じませんか?高橋製作所の表記はともかく、ギリシャ文字のεは「エプシロン」や「エプシラン」で何の違和感も感じません。むしろ「イプシロン」のほうが違和感マシマシ。(※英語版wikiに発音音声あり。)
印刷物やwebサイトでは長音を表すマクロン表記(ōやūなど)が使えない場合もあってややこしい。メジャーなTokyoやKyotoならマクロン無しでも「ときょ」「きょと」とは読まないでしょうが、Onoさんと書くと「大野」さんなのか「小野」さんか分からず、はたまた「王野」や「尾能」の可能性もあって区別できません。パスポートやキャッシュカードを作るとき困りますね。
日本語固有名と英語の混合単語もローマ字化するとき混乱が生じます。私の生まれ故郷に一級河川「天の川」があるんですが、ローマ字では「Tennokawa」。これを「Tennokawa River」とするのが良いのか「Tenno River」や「Ten River」が良いのか、今も分からないです。琵琶湖も「Lake Biwa」が」国交省の表記で「Lake Biwako」は少ないけれど、区切らない「びわこ」で固有名詞が成立してる気もします。富士山は「Mt. Fujisan」がNGなのに、なぜ槍ケ岳は「Mt. Yarigatake」がOK?しかも乗鞍岳は「Mt. Norikuradake」じゃなく「Mt. Norikura」が推奨される?摩訶不思議だぁ。
今はどうなのか知りませんが、私が何人かの小学生たちから聞いた愚痴では、テストで「夏の大三角」と書くとダメなんだそうです。三角形まで書かなければいけないなんて、いかにも義務教育らしいですが理不尽ですね。かと言って、学校で大三角形と教わった子達がテストに受かり、プラネ解説者から「大三角でも良いんだよ」と教わった子達が不合格になるのもかわいそう。幼児さんでも早ければ工作やお歌の時間に「まる、さんかく、しかく」と覚えるんです。「そんな出題するなよ」と言いたい…。
教科書に存在しない「夏の大三角」「冬の大三角」といった表記が天文書籍にたくさん出てます。いっぽう秋は「四辺形」であって、「秋の四角形」や「秋の大四角」は見当たりません。このような曖昧さは、一律に教えたい学校の先生として疎ましく思うのでしょう。アマチュア層が多い天文分野では「用語ぶれが収拾つかないのは、天文アマチュアが乱用したり勝手に造語するせいだ」という乱暴な意見がありますが、反論できない面は確かにあるでしょう。これを「言葉の多様性」とか「表現の自由」、「言葉は時代で変わる」といった言い訳で逃げたら、自分は良くても子どもたちを困らせるだけ。各々が何とかしようと意識しない限り、ことばの問題は永遠に収束しませんから。「真実はいつもひとつ」とコナンくんみたいに教えるより、色々な正解があって当然なんだよって伝えたいですね。
私は「あまのがわ」も「あまのかわ」も、どっちも好きです。
こんな狭い島国なのに多様な方言や発音の癖が共存する、それが日本です。標準語・共通語は正誤を判断するためではありません。明らかな言い間違え以外は、どんな表記や発音でも意味を持ち、素晴らしく感じます。天文ことばの読みや発声に関しては様々な思いや苦労を経験してきたので、今回はそのお話し。
★耳から入る言葉は文字と違う
一般向け、特に知識面で真っ白なこどもたちを相手にする場合、教える側に重い責任が伴います。義務教育課程の先生だけでも70万人くらいいらっしゃいますから多少のアクセント違いや方言は許容するとしても、数値や用語、言い方など知識の根幹は注意深くなるべき。一人の先生の一言の間違いが何百、何千人という単位で伝わってしまうからです。ネット配信者のみなさん、フォロワー数よりも誤発言を気にしたほうが良いですよ。プラネ解説や番組制作を統括していた若いころ、曖昧に済ませられないことが多々ありました。現代プラネは大きく二つの投影法…スタッフによる生解説(ライブトーク番組)と、前もって記録された演出を観客に見せる劇場タイプ(オート番組)があります。オート番組が可能な施設はバックヤードに複雑な機器を仕込んでますので大型館が多いです。生番組なら言い間違えても(気付けば)その場で訂正できますが、ナレーションやBGMを作り込んだオートでは不可能。事前の録音スタジオで修正を完結させなくてはならず、シナリオ執筆からスタジオ作業まで一言一句に神経を使いました。アニメや映画アフレコと違い、収録と編集は半日で終わらせます。有名声優さんの起用が多かったけれど、声が良くても発音の癖があるし、事前読み合わせ無しだから堂々と「そとわくせい」「おうどうじゅうにきゅう」と言っちゃうくらい用語を知らないため、あらかじめルビを振ったり、現場での適切なディレクションが欠かせません。
オート番組は投影された星空の下でラジオを聴くようなもの。暗順応を考慮してドームに文字を出す演出は極力減らすので、音声だけで理解してもらう必要があります。日本語は同音異義語が多いため、シナリオ完成前に自分で音読し、誰かに耳だけで聞いてもらう「耳校正」もしました。ある生解説で「みんな、星座って知ってる?」と聞いたとき、一斉に姿勢を正したのは笑い話。こどもたちが先に思い浮かべるのは「正座」なんですね。大人でも「えいせい」→「衛星/衛生」、「せいけい」→「星景/星系」を区別できないことがあるでしょう。
★統一と言う難題
ちょうど現役のころに業界で星の名(表記/発音)を統一しようとワーキンググループができました。でも用語って天文界で閉じてる訳ではないのが厄介。例えば星や星座の名称は理科で扱うので、直接天文に関わらない教育界や出版業界とも摺り合わせが必要でしょう。国内では日本天文学会の表記や理科年表など公的資料に従うことが暗黙になってるけれど、すべてのことばが網羅できている訳ではないし、現場は必ずしも統一できない現状です。用語の善し悪し以前に、プラネ館の方針、解説者のポリシーや癖、あるいは「当地域はこの発音が多い」といったローカルルールもかなり支配的。公立館でも教育課付属と観光課付属とでは使える言葉が違うといったケースも経験しました。かつて使われてた「関東は惑星、関西は遊星」みたいな大きな違いは統一化で減ったでしょうが、小さな差異は今後も残り続けるでしょうし、消す必要もないとも思います。山口さんのお話に出ていた佐藤勲さんの外国語発音調査も理解はできます。ただ、例えば彗星を発見した「Pajdušáková」さんの発音を聞いた全ての人が「パイドゥシャーコヴァー」とカタカナ変換するかと言ったら難しいでしょう。私は視覚的にパジュサコバで覚えてしまい、多分もう変えられません。最後の伸ばし音もコンピューター/コンピュータ、プロバイダー/プロバイダといった差に近くて微妙です。「こう聞こえる」というのは人によって変わるから、発音と表記は分けて考えたほうが良さそう。また科学館・博物館関係の仕事では解説書やリーフレット、案内板などを編纂することも多く、発音をどのようにルビやローマ字+英字表記に落とし込むか、といった問題も出てきます。日本人が普段発声できない音は尚更難しい。
★発音と表記のバリエーション
彗星名など発音と表記のバリエーションが色々あり過ぎてムリゲーですね。昨年に天文界を湧かせた「C/2023 A3」は「紫金山アトラス彗星」「ツーチンシャン・アトラス彗星」「Tsuchinshan-ATLAS彗星」どれも間違いではありません。紫金山とアトラスは「-」ハイフンで区切るのが国際天文学連合の流儀ですが、日本の雑誌や広報ではマイナス記号や長音記号との誤解を避けるため「・」中点が使われます。紫金山は「しきんざん」「つーちんしゃん」どちらのルビも存在しますが、「Tsuchinshan」をローマ字読みすると「つちんしゃん」なので、メインターゲットが小学生なら、迷わず私は「しきんざんあとらす」と発声するでしょう。アトラスは正式表記が「ATLAS」(Asteroid Terrestrial-impact Last Alert Systemのイニシャルなので全て大文字)ですが、カタカナ表記やAtlasなど小文字交じりも見かけました。NEATやPanSTARRS(これは大文字小文字が混在)のようにカタカナに直すほうがメジャーな表現になる場合もあれば、SOHO彗星を「ソーホー彗星」とわざわざ書き直してややこしくなった例もあります。153P/Ikeya-Zhangは池谷・張彗星が一般的表記ながら、Zhangは「ちゃん」読みと「ちょう」読みが混在してました。漢字が入ると日本人として混乱しますよね。書き言葉では「チャーン」「チャン」に近いけれど、発声は「ヂャーン」「ヂャン」が近いです。そう言えば天体カメラでお馴染みのZWO社は「Zhen Wang Optics」ですが、みなさんならどうカタカナ化しますか?
カシオペア座はラテン語表記で「Cassiopeia」。かつて使われた「カッシオペイア」「カシオペイヤ」はあまり聞かなくなり、「カシオペヤ」または「カシオペア」が多くなりました。日本天文学会ではカシオペヤ、JRの寝台特急はカシオペア、バンド名もカシオペア。ペガスス/ペガサス問題、ヘルクレス/ヘラクレス問題、プレアデス/プレヤデス問題も業界では有名で、根深い問題。天文界よりずっと影響が大きいアニメや漫画、映画、ゲームではペガサスやヘラクレスが多用されるため、天文界だけはでどうにもできないんです。小学校に入る前からみんな聞いて知ってますからね。
「ε」イプシロンを耳で聞いてカタカナに直すと「エプサイラーン」か「エプシラン」に近いです。発音記号は「épsəlɑ̀n」(米語)または「epsáilən」(英語)ですから、間違いなく卵のeggと同じ「エ」で始まり、最後はタマネギのonionと同じ「アン」で終わります(※オニオンはNG、アニァンに近い)。これだけでも発音と表記は別物と感じませんか?高橋製作所の表記はともかく、ギリシャ文字のεは「エプシロン」や「エプシラン」で何の違和感も感じません。むしろ「イプシロン」のほうが違和感マシマシ。(※英語版wikiに発音音声あり。)
★表記の仕方も右往左往
最近ニュースで「文化庁が小学校で習うローマ字表記を従来の訓令式からヘボン式に移行予定」と聞いて驚きました。(※方針が示されただけで施行はまだ先。)みなさんはPCで日本語入力の際、ローマ字入力を使ってまか?富士山なら「fujisan」「huzisan」「fuzisann」「hudisann」どれですか?FEPによっても変わると思います。まぁPC入力はいいとして、ローマ字表記の混乱っぷりは今更言うまでもありません。- 「きょしちょう座」………訓令式なら「kyosityō」、ヘボン式なら「kyoshicho」
- 「ちょうこくしつ座」………訓令式なら「tyōkokusitu」、ヘボン式なら「chokokushitsu」
印刷物やwebサイトでは長音を表すマクロン表記(ōやūなど)が使えない場合もあってややこしい。メジャーなTokyoやKyotoならマクロン無しでも「ときょ」「きょと」とは読まないでしょうが、Onoさんと書くと「大野」さんなのか「小野」さんか分からず、はたまた「王野」や「尾能」の可能性もあって区別できません。パスポートやキャッシュカードを作るとき困りますね。
日本語固有名と英語の混合単語もローマ字化するとき混乱が生じます。私の生まれ故郷に一級河川「天の川」があるんですが、ローマ字では「Tennokawa」。これを「Tennokawa River」とするのが良いのか「Tenno River」や「Ten River」が良いのか、今も分からないです。琵琶湖も「Lake Biwa」が」国交省の表記で「Lake Biwako」は少ないけれど、区切らない「びわこ」で固有名詞が成立してる気もします。富士山は「Mt. Fujisan」がNGなのに、なぜ槍ケ岳は「Mt. Yarigatake」がOK?しかも乗鞍岳は「Mt. Norikuradake」じゃなく「Mt. Norikura」が推奨される?摩訶不思議だぁ。
今はどうなのか知りませんが、私が何人かの小学生たちから聞いた愚痴では、テストで「夏の大三角」と書くとダメなんだそうです。三角形まで書かなければいけないなんて、いかにも義務教育らしいですが理不尽ですね。かと言って、学校で大三角形と教わった子達がテストに受かり、プラネ解説者から「大三角でも良いんだよ」と教わった子達が不合格になるのもかわいそう。幼児さんでも早ければ工作やお歌の時間に「まる、さんかく、しかく」と覚えるんです。「そんな出題するなよ」と言いたい…。
教科書に存在しない「夏の大三角」「冬の大三角」といった表記が天文書籍にたくさん出てます。いっぽう秋は「四辺形」であって、「秋の四角形」や「秋の大四角」は見当たりません。このような曖昧さは、一律に教えたい学校の先生として疎ましく思うのでしょう。アマチュア層が多い天文分野では「用語ぶれが収拾つかないのは、天文アマチュアが乱用したり勝手に造語するせいだ」という乱暴な意見がありますが、反論できない面は確かにあるでしょう。これを「言葉の多様性」とか「表現の自由」、「言葉は時代で変わる」といった言い訳で逃げたら、自分は良くても子どもたちを困らせるだけ。各々が何とかしようと意識しない限り、ことばの問題は永遠に収束しませんから。「真実はいつもひとつ」とコナンくんみたいに教えるより、色々な正解があって当然なんだよって伝えたいですね。
私は「あまのがわ」も「あまのかわ」も、どっちも好きです。

