どうして土星掩蔽は出現側で撮りづらかったか? ― 2024/12/12
先日起こった土星掩蔽や海王星掩蔽では、「潜入側は露出調整ができたけれど、出現側は想像より輝度差が大きすぎた」と感じた方が多かったようです。私もそうでした。どちらの掩蔽も「暗入→明出」でしたが、明出だから輝度差が大きいと言う単純な話ではありません。「太陽直下点は月面のどこなのか」に応じて輝度を底上げしているのです。惑星掩蔽の準備として2024年11月12日記事で月惑星の表面輝度比較を取り上げました。このとき伝え切れなかったことが正にこれで、今更ながら悔やんでいます。
脱線しますが、天リフさんによる「2024/11/13ピックアップ作業配信」を後追いで拝見し、山口編集長さんが天文年鑑の「月相に応じた適正露出」をそらんじていたことに感動しました。根っからの天文少年だったことが伺えます。カメラがデジタルになって四半世紀、それ以前は撮り直しがきかないフィルム時代。露出計があっても天体には不向きだったため経験と勘が頼りです。私も適正露出表や極軸の合わせ方などを書き写して鏡筒に貼り重宝しました。
今でもこの露出表は天文年鑑に載っています。それによるとISO100・F11直焦点の場合、三日月は1/8、半月は1/30、満月は1/125(各秒)と変わっていません。実際に撮影した感覚ではもう少し差があるように感じます。三日月は大抵低空ですし、満月をわざわざ低空で撮る機会も少ないので、大気減光が露出差を大きくするのでしょう。上記天文年鑑・露出表と同じページに大気減光表が載ってますが、天頂に対して高度10°の天体は1等暗く、露出倍数は2.51倍とのこと。実は山口編集長さんが暗記していたこの適正露出に、冒頭の輝度差のヒントがあります。
「サニー16ルール(サニーf/16ルール)」をご存知ですか?フィルム時代から研鑽を積んだ写真家にはお馴染みですね。「晴れの屋外で撮影するなら、絞りをF16、露出をISO感度の逆数にすれば適正」という経験則です。絞り・露出・感度の三条件は相関関係なので、どこかを増やすならどこかを減らせば良い。また撮影条件が変わる…例えば曇り空とか、森の中とかなら、三条件のひとつを二倍とか四倍にすれば良い、といった具合。露出計が無くても無難に撮影できます。
この発展系として「ルーニー11ルール(ルーニーf/11ルール)」も考案されました。月面(Lunar)を白飛びしないよう撮影するときの経験則だからルーニー。16が11である以外はサニー16と全く同じ。天文年鑑のISO100・F11に当てはめると満月は1/100になりますから山口編集長の紹介した天文年鑑値とほぼ同等ですね。NASAの月撮影ガイドにもルーニー11が紹介されています。
この数値を信じるなら(大気減光は無視するとして)大雑把に「三日月は半月の1/4、半月は満月の1/4の明るさ」だと分かります。いいですか、半月は満月の半分の面積なのに明るさは1/4なんです。おかしいと思いませんか?通常「明るさ」って言ったらレンズから入る光量に比例しますが、照明が変わらない(=表面輝度が同じ)なら丸だろうが半円だろうが三角だろうが撮影条件は一定のはず。でもルーニー11や天文年鑑の表は「月面ではそうならない」「光量をもう二段減らせ」とおっしゃる。適正露出って、対象をダイナミックレンジにほどよく収めることですから、ルーニー11ルールが言わんとしていることは「半月は細い月の4倍明るい部分で占有されている」「満月は半月の4倍(略)」…ということ。
前出・表面輝度比較の記事では天体面積に左右されない表面輝度を紹介するに留めましたが、表面輝度の考えはあくまで「光ってる部分は一様に同じ明るさ」という暗黙の前提がありました。でも月ほどの大きさになると輝度の分布が問題になります。画用紙を丸く切ったような光り方ではなく、輝度に偏りがあり、かつそれが変化するのです。天体画像が集まるギャラリーサイトで半月前後の画像を見ると、大抵は下A画像のようになっていることが多いでしょう。欠け際をうまく出そうとするあまり、リム側が地形判別も難しいほど白飛び寸前。半月は光っている側から太陽が照らしており、仮に月面アルベドが一様であるなら、下B画像のような輝度分布になるはず(月面反射がランベルトの余弦則に従うものとする)。欠け際でほぼゼロ、太陽直下点付近は何と満月中央と同等の100%近くになっていて、全体をまとめてレベル調整しようとすると欠け際とリムの両立は難しい。
そこで私は4、5年前に「撮影日時を指定すると自動でBのマスクを作るプログラム」を作成、これをPixInsightなどの調整マスクが使えるソフトに適用することでベースの輝度差を抑え、かつ余ったレンジをアルベドの輝度差表現に回すようにしました。こうすることで上C画像のように欠け際に見える月面XやLOVEを明るめにさせてもリムの白飛びが抑えられ、トータルのコントラストも良くなる…。輝度分布を手玉に取れれば、こんな芸当ができるのです。(個人的にデジタル覆い焼きと言ってます。)
話を戻すと、本来は太陽直下側が明るいのは理屈通りであり、土星掩蔽で現象の進行に従って月面がどんどん明るくなったのも頷けるでしょう。下D-G画像として今年使った別月齢のマスク例を示しました(満月最輝部が最大値)。こんなに変わるんですよね。必ずしもリムが明るい訳ではなく、上弦から下弦の間は内部に最輝部が移り、外側が暗くなります。こうした月面の輝度分布変化があるので、一番明るいところが白飛びしないように考慮したのがルーニー11ルールの真なる極意だと思っています。
欠け際のクレーター大写しのような拡大撮影ばかりしていると画像の暗さに応じて露出を調整できますが、そのままの設定で明るいほうへ向けると確かに1/4ほどの露光にしないと眩しすぎます。フィルムがデジタルになっても、こうした事実は変わりません。先人の教えを深く理解しつつ、これからの新技術と天文現象に適用してゆくのが私たちの努めでしょうか。更に深い考察の参考になるかも知れないので、下H・J・K図として月面の輝面率、等級、表面輝度のグラフも掲載しておきます。満月期より明るい新月期の表面輝度など、興味深い現象も見られます。朔望タイミングに応じてどんな変化があるのか、なぜそうなるのか、多角的に考えてみてください。
脱線しますが、天リフさんによる「2024/11/13ピックアップ作業配信」を後追いで拝見し、山口編集長さんが天文年鑑の「月相に応じた適正露出」をそらんじていたことに感動しました。根っからの天文少年だったことが伺えます。カメラがデジタルになって四半世紀、それ以前は撮り直しがきかないフィルム時代。露出計があっても天体には不向きだったため経験と勘が頼りです。私も適正露出表や極軸の合わせ方などを書き写して鏡筒に貼り重宝しました。
今でもこの露出表は天文年鑑に載っています。それによるとISO100・F11直焦点の場合、三日月は1/8、半月は1/30、満月は1/125(各秒)と変わっていません。実際に撮影した感覚ではもう少し差があるように感じます。三日月は大抵低空ですし、満月をわざわざ低空で撮る機会も少ないので、大気減光が露出差を大きくするのでしょう。上記天文年鑑・露出表と同じページに大気減光表が載ってますが、天頂に対して高度10°の天体は1等暗く、露出倍数は2.51倍とのこと。実は山口編集長さんが暗記していたこの適正露出に、冒頭の輝度差のヒントがあります。
「サニー16ルール(サニーf/16ルール)」をご存知ですか?フィルム時代から研鑽を積んだ写真家にはお馴染みですね。「晴れの屋外で撮影するなら、絞りをF16、露出をISO感度の逆数にすれば適正」という経験則です。絞り・露出・感度の三条件は相関関係なので、どこかを増やすならどこかを減らせば良い。また撮影条件が変わる…例えば曇り空とか、森の中とかなら、三条件のひとつを二倍とか四倍にすれば良い、といった具合。露出計が無くても無難に撮影できます。
この発展系として「ルーニー11ルール(ルーニーf/11ルール)」も考案されました。月面(Lunar)を白飛びしないよう撮影するときの経験則だからルーニー。16が11である以外はサニー16と全く同じ。天文年鑑のISO100・F11に当てはめると満月は1/100になりますから山口編集長の紹介した天文年鑑値とほぼ同等ですね。NASAの月撮影ガイドにもルーニー11が紹介されています。
この数値を信じるなら(大気減光は無視するとして)大雑把に「三日月は半月の1/4、半月は満月の1/4の明るさ」だと分かります。いいですか、半月は満月の半分の面積なのに明るさは1/4なんです。おかしいと思いませんか?通常「明るさ」って言ったらレンズから入る光量に比例しますが、照明が変わらない(=表面輝度が同じ)なら丸だろうが半円だろうが三角だろうが撮影条件は一定のはず。でもルーニー11や天文年鑑の表は「月面ではそうならない」「光量をもう二段減らせ」とおっしゃる。適正露出って、対象をダイナミックレンジにほどよく収めることですから、ルーニー11ルールが言わんとしていることは「半月は細い月の4倍明るい部分で占有されている」「満月は半月の4倍(略)」…ということ。
前出・表面輝度比較の記事では天体面積に左右されない表面輝度を紹介するに留めましたが、表面輝度の考えはあくまで「光ってる部分は一様に同じ明るさ」という暗黙の前提がありました。でも月ほどの大きさになると輝度の分布が問題になります。画用紙を丸く切ったような光り方ではなく、輝度に偏りがあり、かつそれが変化するのです。天体画像が集まるギャラリーサイトで半月前後の画像を見ると、大抵は下A画像のようになっていることが多いでしょう。欠け際をうまく出そうとするあまり、リム側が地形判別も難しいほど白飛び寸前。半月は光っている側から太陽が照らしており、仮に月面アルベドが一様であるなら、下B画像のような輝度分布になるはず(月面反射がランベルトの余弦則に従うものとする)。欠け際でほぼゼロ、太陽直下点付近は何と満月中央と同等の100%近くになっていて、全体をまとめてレベル調整しようとすると欠け際とリムの両立は難しい。
そこで私は4、5年前に「撮影日時を指定すると自動でBのマスクを作るプログラム」を作成、これをPixInsightなどの調整マスクが使えるソフトに適用することでベースの輝度差を抑え、かつ余ったレンジをアルベドの輝度差表現に回すようにしました。こうすることで上C画像のように欠け際に見える月面XやLOVEを明るめにさせてもリムの白飛びが抑えられ、トータルのコントラストも良くなる…。輝度分布を手玉に取れれば、こんな芸当ができるのです。(個人的にデジタル覆い焼きと言ってます。)
話を戻すと、本来は太陽直下側が明るいのは理屈通りであり、土星掩蔽で現象の進行に従って月面がどんどん明るくなったのも頷けるでしょう。下D-G画像として今年使った別月齢のマスク例を示しました(満月最輝部が最大値)。こんなに変わるんですよね。必ずしもリムが明るい訳ではなく、上弦から下弦の間は内部に最輝部が移り、外側が暗くなります。こうした月面の輝度分布変化があるので、一番明るいところが白飛びしないように考慮したのがルーニー11ルールの真なる極意だと思っています。
欠け際のクレーター大写しのような拡大撮影ばかりしていると画像の暗さに応じて露出を調整できますが、そのままの設定で明るいほうへ向けると確かに1/4ほどの露光にしないと眩しすぎます。フィルムがデジタルになっても、こうした事実は変わりません。先人の教えを深く理解しつつ、これからの新技術と天文現象に適用してゆくのが私たちの努めでしょうか。更に深い考察の参考になるかも知れないので、下H・J・K図として月面の輝面率、等級、表面輝度のグラフも掲載しておきます。満月期より明るい新月期の表面輝度など、興味深い現象も見られます。朔望タイミングに応じてどんな変化があるのか、なぜそうなるのか、多角的に考えてみてください。
【私の観測地では…】
潜入ポイントと出現ポイントに近い月面の輝度レベルはおおよそ7.8倍(上述マスク生成による測定)でした。実際は月面に忖度してややゲインを下げて露出を変えなかったので、10倍ほど輝度を上げないと土星が同じレベルになりませんでした。ということは、概ね予測通りの結果ですね。次回に活かしたい…といっても、次回まで生きてるかどうか…。
潜入ポイントと出現ポイントに近い月面の輝度レベルはおおよそ7.8倍(上述マスク生成による測定)でした。実際は月面に忖度してややゲインを下げて露出を変えなかったので、10倍ほど輝度を上げないと土星が同じレベルになりませんでした。ということは、概ね予測通りの結果ですね。次回に活かしたい…といっても、次回まで生きてるかどうか…。