今年プラチナ級の衝効果は起こったかな? ― 2020/07/28
大きな外惑星である木星と土星が、雨の降りしきる7月14日と21日に相次いで衝を迎えたことは残念でした。いちばんの見頃に観察できないなんて…。土星の衝からはや一週間経ちますが、この間一度たりとも晴れた試しがありません。まぁ自然に対して理不尽に怒ったところで何も変わらないので、左のハッブル宇宙望遠鏡が今年7月4日に撮影したばかりの土星(→NASA news)を見て気を紛らわすとしましょう。
ところで、以前の記事に土星の環が衝の時期に本体を凌ぐ明るさとなる「衝効果」を取り上げたことがありました。その様は望遠鏡で直接見ても分かるほど美しく、天文リフレクションズさんの言葉を借りると正に「プラチナリング」。
この衝効果、観察者の視線が光源の照らす方向にほぼ一致している限り、対象面の傾きに大きく依存すること無く発生することが知られています。例えば右下のアポロ時代の例。画像左半分は地平方向まで長く伸びたアポロ12号、画像右半分は至近距離(たぶん4、5メートル)の宇宙飛行士の影。凸凹があって正確には分かりませんが、視線に対する地面の角度はかなり差があるでしょう。それでも“カメラの影位置”を中心として地面が明るくなっていますね。「満月の衝効果」でも、満月の中心だけでなく、視線に対して大きく傾斜しているリム近くを含む全面で起こってます。(※ただしもし月が今の10倍くらい大きく見える天体だったら中央付近が妙に明るく縁が暗い満月に見えるでしょう。)
水滴などによるハイリゲンシャイン効果でも同様です。地上で観察するには大規模稲作地帯のように広大な草原が水滴まみれになってなければいけませんが…単純化して、暗闇で反射する猫の目を考えてください。自分と猫との位置関係がどうであれ、猫が自分のほうを見ていれば小さな懐中電灯で照らすと目が光ります。広大な地面いっぱいに猫が敷き詰められてこっちを見てると想像してみましょう。地面スレスレから見ても、上空の高いところから見ても、懐中電灯で照らされた猫たちの目は怪しく光るでしょう。「視線が光源照射方向に一致している限り、猫がいる平面を見込む角度に関係ない」ところがミソです。
しかしながら地上で現実的にハイリゲンシャイン効果を比較する場合、対象面が視線に並行になるほど現象位置が遠くなってしまうため、大気減光の影響が避けられません。逆に太陽が高くなると草原が近くなり過ぎて水滴密度が小さくなるため、効果が感じられないこともあります。でも右上の月面のような空気のない環境とか、遠くにある土星の環の傾斜なら影響は少ないでしょう。(※地上からの土星観察の場合、シーイングという別の悪影響がありますが…。)
とどのつまりほぼ一年に一回やってくる土星の衝では、環の消失期前後でもない限り傾斜に関係なく環は明るくなるだろうというのが私の考えです。(※環が大きく傾いたほうがより強く衝効果が出るらしい観測値もあります。→wikiwand:Phase curve「The rings of Saturn」の項参照。)ただ、これを実際に地上から比較するには人生が短すぎ。大気の影響が少ない環境で毎回の衝ごとに客観的比較ができる環の明度を測定するなんて、一介のアマチュアにはできませんもんね。そもそもたった一回、衝前後に土星を連続観察することすら難しいですから。
そんな思いで調べていたところ、偶然昨日投稿されたCloudy Nightsの「Measuring the Seeliger Effect on Saturn's rings」を拝見することができました。今年の土星の衝効果を測定した記事ですが、ものすごい熱を感じるのでぜひご覧ください。日本の月惑星研究会による画像アーカイブも世界中から観測家の写真が集まるので、過去参照するときなど重宝します。
環の傾斜によっては衝効果が見づらくなりますが、それは見かけの面積が狭くなるからで、衝効果そのものの増減と区別しなくてはいけません。衝効果はあくまで地球・土星・太陽が作る角度=位相角がどこまでゼロに近くなるかが勝負どころではないでしょうか。衝効果は衝ごとに起こるので、毎回プラチナリングと呼ぶのは大げさですが、では位相角が限りなくゼロに近い最大級の衝効果は起こり得るのでしょうか?それならプラチナ級と呼ぶにふさわしいかも知れません。
そこで自作プログラムを組み、2015年から2025年までに起こる全ての衝で位相角がどう変化するか、衝の日プラスマイナス3日間を計算してみました(下A図)。最小6位まで日付を書いてあります。この11回では2020年が位相角最小だったんですね!更に期間を伸ばし、1950年から2050年までのすべての衝(瞬時)で、位相角・環の傾斜・視黄緯(いずれも地心計算)を計算し図化してみました(下B図)。また1990年から2050年までに位相角が0.05°以下になるケースをピックアップしたのが左上表です。
B図によれば、位相角とシンクロしているのは視黄緯。よく考えれば当たり前で、土星が地球公転面から南北に離れるほど位相角が大きくなってしまうからです。逆に言えば土星に地球の影が届くほど位相角が小さくなるのは視黄緯がゼロに近いときのみでしょう。環の傾斜は一見してズレているように感じますが、タイミングが5年程度シフトしているだけです。この影響で、位相角がゼロに近い好条件なのに環が水平で見えない、ということは起こりません。観察者にとっては好都合ですね。
残念ながら今年のように位相角が0.05°を割り込むプラチナリング級のケースは今後十数年起こりません。でも衝はほぼ毎年ありますし、衝効果の影響は位相角1°を下回るくらいでも十分に眼視観察できます。来年以降も楽しんでゆきましょう。
ところで、以前の記事に土星の環が衝の時期に本体を凌ぐ明るさとなる「衝効果」を取り上げたことがありました。その様は望遠鏡で直接見ても分かるほど美しく、天文リフレクションズさんの言葉を借りると正に「プラチナリング」。
この衝効果、観察者の視線が光源の照らす方向にほぼ一致している限り、対象面の傾きに大きく依存すること無く発生することが知られています。例えば右下のアポロ時代の例。画像左半分は地平方向まで長く伸びたアポロ12号、画像右半分は至近距離(たぶん4、5メートル)の宇宙飛行士の影。凸凹があって正確には分かりませんが、視線に対する地面の角度はかなり差があるでしょう。それでも“カメラの影位置”を中心として地面が明るくなっていますね。「満月の衝効果」でも、満月の中心だけでなく、視線に対して大きく傾斜しているリム近くを含む全面で起こってます。(※ただしもし月が今の10倍くらい大きく見える天体だったら中央付近が妙に明るく縁が暗い満月に見えるでしょう。)
水滴などによるハイリゲンシャイン効果でも同様です。地上で観察するには大規模稲作地帯のように広大な草原が水滴まみれになってなければいけませんが…単純化して、暗闇で反射する猫の目を考えてください。自分と猫との位置関係がどうであれ、猫が自分のほうを見ていれば小さな懐中電灯で照らすと目が光ります。広大な地面いっぱいに猫が敷き詰められてこっちを見てると想像してみましょう。地面スレスレから見ても、上空の高いところから見ても、懐中電灯で照らされた猫たちの目は怪しく光るでしょう。「視線が光源照射方向に一致している限り、猫がいる平面を見込む角度に関係ない」ところがミソです。
しかしながら地上で現実的にハイリゲンシャイン効果を比較する場合、対象面が視線に並行になるほど現象位置が遠くなってしまうため、大気減光の影響が避けられません。逆に太陽が高くなると草原が近くなり過ぎて水滴密度が小さくなるため、効果が感じられないこともあります。でも右上の月面のような空気のない環境とか、遠くにある土星の環の傾斜なら影響は少ないでしょう。(※地上からの土星観察の場合、シーイングという別の悪影響がありますが…。)
とどのつまりほぼ一年に一回やってくる土星の衝では、環の消失期前後でもない限り傾斜に関係なく環は明るくなるだろうというのが私の考えです。(※環が大きく傾いたほうがより強く衝効果が出るらしい観測値もあります。→wikiwand:Phase curve「The rings of Saturn」の項参照。)ただ、これを実際に地上から比較するには人生が短すぎ。大気の影響が少ない環境で毎回の衝ごとに客観的比較ができる環の明度を測定するなんて、一介のアマチュアにはできませんもんね。そもそもたった一回、衝前後に土星を連続観察することすら難しいですから。
【土星の衝・1990-2050年調べ】
※位相角が0.05°以内になるケースのみピックアップ
衝の日時(JST) | 位相角 | 環の傾斜 |
---|---|---|
1990年7月15日 2:38 | 0.008° | 23.30° |
1991年7月27日 9:17 | 0.049° | 20.23° |
2005年1月14日 7:55 | 0.001° | -22.86° |
2019年7月10日 2:00 | 0.032° | 24.30° |
2020年7月21日 7:23 | 0.024° | 21.62° |
2034年1月8日 11:02 | 0.032° | -24.16° |
2035年1月22日 12:13 | 0.042° | -20.68° |
2049年7月16日 12:45 | 0.001° | 22.78° |
- 自作プログラムによる概算値です。時刻の桁10分未満の誤差はご容赦ください。
- 衝は黄道座標系による「黄経の衝」です。天文年鑑などで採用されてる「赤経の衝」とは異なります。
環の傾斜によっては衝効果が見づらくなりますが、それは見かけの面積が狭くなるからで、衝効果そのものの増減と区別しなくてはいけません。衝効果はあくまで地球・土星・太陽が作る角度=位相角がどこまでゼロに近くなるかが勝負どころではないでしょうか。衝効果は衝ごとに起こるので、毎回プラチナリングと呼ぶのは大げさですが、では位相角が限りなくゼロに近い最大級の衝効果は起こり得るのでしょうか?それならプラチナ級と呼ぶにふさわしいかも知れません。
そこで自作プログラムを組み、2015年から2025年までに起こる全ての衝で位相角がどう変化するか、衝の日プラスマイナス3日間を計算してみました(下A図)。最小6位まで日付を書いてあります。この11回では2020年が位相角最小だったんですね!更に期間を伸ばし、1950年から2050年までのすべての衝(瞬時)で、位相角・環の傾斜・視黄緯(いずれも地心計算)を計算し図化してみました(下B図)。また1990年から2050年までに位相角が0.05°以下になるケースをピックアップしたのが左上表です。
B図によれば、位相角とシンクロしているのは視黄緯。よく考えれば当たり前で、土星が地球公転面から南北に離れるほど位相角が大きくなってしまうからです。逆に言えば土星に地球の影が届くほど位相角が小さくなるのは視黄緯がゼロに近いときのみでしょう。環の傾斜は一見してズレているように感じますが、タイミングが5年程度シフトしているだけです。この影響で、位相角がゼロに近い好条件なのに環が水平で見えない、ということは起こりません。観察者にとっては好都合ですね。
残念ながら今年のように位相角が0.05°を割り込むプラチナリング級のケースは今後十数年起こりません。でも衝はほぼ毎年ありますし、衝効果の影響は位相角1°を下回るくらいでも十分に眼視観察できます。来年以降も楽しんでゆきましょう。