虹星カペラと星の瞬き[3]2017/11/13


ぎょしゃ座のカペラが低空でカラフルに輝く「虹星」の調査、3回目(最終回)です。今回は「カペラが低空に位置する以外に虹星たる理由はあるか」を考えてみましょう。実は今までの記事で触れていなかったことがありました。1等星が低空に滞留する時間幅を調べる際に感じたのですが、「本当に見えるか」ということと、「その1等星がどの季節に低空なのか」という現実的な面です。自然は計算だけで語れませんから、これは意外に重要かと思います。

左下画像は同一カメラで撮影した、茨城と沖縄との南空比較です。地平線を揃えてあるので、恒星高度差はまさに緯度の違いを物語っています。さて、実は茨城からカノープスは見えるのですがこの画像には写っていません。かなり低空まで開けた場所で撮ってますが、それでも森に隠れてしまってます。茨城からカノープスを見るには見晴らしよい屋上や高い丘を利用したり、霞ヶ浦北岸など南方向の視程が良い場所で探す必要があるんです。

南天の星の見え方と緯度
前回示したグラフで計算上はカペラ並みに低空滞留時間幅があると分かりますが、実際に見えるかどうかは別問題。天気の要素も加味すると「カノープスは茨城からほとんど見えない星」と言っても過言ではありません。

いっぽう沖縄では時期さえ選べば低空に雲があってもチラッと顔を出すような高さ。個人的には水星よりずっと見やすいという印象があります。この様な現実から「本州以北でカノープスが『虹星』になる可能性は極めて少ない」と言えるでしょう。

よくニュースで「宵の明星をUFOと見間違えた」なんて笑い話が定期的に世間を騒がせますね。これはつまり「空に詳しくない多くの方が、宵の明星が目に入る時間帯に屋外にいる」ことを示しています。もし「明けの明星」だったらどうでしょう?「明け方3時ごろ東の空にUFOが見えた」という話は全く聞きませんね。星に興味の無いほとんどの方は、明け方寝ているからです。こうした標準的な人間生活は星の呼び方にも影響するのではないでしょうか。学者や天文愛好家が愛称を付けるなら時間帯など関係ないかも知れませんが、一般的な呼称は多くの場合、市民の視線が集中する夕方や宵などの状況が色濃く反映されると思われます。

もちろんこれは些細な考えに過ぎません。でもまぁ、この考えに従って1等星をあらためて見てみましょう。下の図は北天代表としてカペラとデネブ、南天代表としてアンタレスを例に、札幌市、つくば市、那覇市それぞれで「高度20°以下に見える時間帯」を1年間計算したものです。横軸は日付、縦軸は1日の時刻で、下から上、左から右へ時が流れます。1等星が輝く航海薄明・航海薄暮を昼夜境界とし、薄茶色のところが低空に見える時間帯を表します。

1日24時間に対し1恒星日は約4分短いので、低空に見える時刻が少しずつ早まる様子が分かりますね。観察地によって低空滞留時間幅が異なるのは前記事のグラフで示した通りですが、ここで注目したいのは「季節のずれ」。カペラは晩秋から初冬に航海薄暮直後の宵空低空に昇り、都合が良いことに「空気が揺れやすい冬の瞬きシーズン」に差しかかっています。対してデネブが昇り始めるのは晩春から初夏のころ。瞬きシーズンは終わりに近く、更に日本では梅雨時に重なるので「デネブが宵空低空で『虹星』になるチャンスはカペラより少ない」と予想できるでしょう。赤緯がカペラとほぼ同じなのにデネブが虹星と呼ばれないのは、こんな理由があるのかも知れません。

【1等星が低空に見える時期・時刻・観測地の関係】
  札幌 つくば 那覇
カペラ
カペラ・札幌
カペラ・つくば
カペラ・那覇
デネブ
デネブ・札幌
デネブ・つくば
デネブ・那覇
アンタ
レス
アンタレス・札幌
アンタレス・つくば
アンタレス・那覇


また時間帯に注目すると、デネブはカペラより2時間も遅いことが分かります。どの観察地であれ19時を過ぎてしまうので、もう家に入っているか、すでに酔っ払って街明かりが虹色に見えるか(笑)、仕事疲れでうつむいて帰宅といった状況も多いのではないでしょうか。偏見かな?

20171025・1等星の虹色比較
「虹星」の呼称が現代日本で生まれたわけじゃないですから、これらの説は半分くらい眉唾もの。ですが、「カペラは低空に長く見えるからじゃない?」と受け売りのひと言で片付けるのでなく、こうして複合的に様々な可能性を考え深めてゆくことはとても大事な気がします。私たちは大抵、ぼんやりした理解ではっきり確かめないまま先へ進んでしまうことが多いですから。

最後にもうひとつ、恒星自身の色のことです。ご存じのように1等星を見比べるとオレンジや赤に片寄っていたり、青白かったりと、差があります。またあまりにも低空だと1等星どころか金星などでも青や緑成分がそぎ落とされ、全て夕日色になってしまいます。左画像は低空で虹色になっている各1等星を「流し撮り」で撮り比べたもの。線状の軌跡はおよそ2、3秒の通過です。赤い星で有名なオリオン座のベテルギウスは虹色の変化も赤や黄色が多く、青はほとんどありません。反対に青白いこと座のベガは赤やオレンジに変わる瞬間が少ないです。

つまり、まんべんなく七色に変わるには大元の光に可視光全域が偏らず入っている必要がありますよね。この点カペラは太陽とそっくりなスペクトルですから申し分ありません。前述の時期的要素や人間側の都合も考慮すれば、「カペラは日本から見える1等星の中で最も優れた虹星」と言えるのではないでしょうか。(おわり)

【おまけ】

大げさな機材を使わなくても、1等星の虹星状態を撮影することができます。下の2例は軽望遠レンズ+APS-C一眼レフを、三脚無しで1等星に向けて手持ち撮影したもの。意図的に揺らしています。高度おおよそ10°から20°(ほんの少し見上げる程度の高さ)の範囲にある1等星が虹色に写しやすく、それより高いと虹分離が少ないしカメラを構えるのも負担、また低すぎても暗くて写りにくいし盗撮とも誤解されますからご注意(笑)

レンズは100mmから200mm程度、ピント無限大(オートフォーカスは外す)、感度は最低(ISO100から200程度で十分)、5秒程度の露出です。撮影地や方角で光害の程度が変わるので、絞りを調整してください。「真っ黒の背景に恒星軌跡がうっすら写る」程度が良い写し方です。軌跡がクッキリ白飛びしたり、背景が明るい場合は虹色にならないので失敗です。ズームコンパクトカメラでもできるし、慣れればもっと大きなレンズやフリークランプの望遠鏡でもできますよ。仕上げるときはなるべく背景がニュートラルになるようにした後、輝度や彩度を調整してください。

この撮影方法を初めて知ったのは数年前、SpaceWeatherサイトのギャラリーでした。わざと揺らしたり、文字や模様を描いたり…月光や薄雲があっても何とか撮影できちゃいます。とても面白く遊び感覚で試せますから、ぜひどうぞ。

  • 20171009シリウス・フリーハンド撮影

    シリウス・手持ち撮影
  • 20171008アルクトゥルス・フリーハンド撮影

    アルクトゥルス・手持ち撮影


コメント

トラックバック