衝を迎える土星と衝効果のおはなし2015/05/19

この記事は2015年5月の土星の衝について書いてあります。2016年6月の衝については→2016/06/03記事をどうぞ。(記事を探す場合、タイトル行の右端に書いてある日付を必ず確認しましょう。)

20150419土星
土星は今週末の2015年5月23日に衝を迎えます。木星が2015年2月7日に衝を迎えた際、直前記事を書きましたので、今回の土星の衝についても少し書いておきます。天文を少しかじって望遠鏡も一通り使えるけど、もう一歩踏み込みたいという方向けのお話しです。

衝の日は太陽と正反対側に土星が位置しますから、日没時間に土星が東から顔を出し、一晩中見えることになります。土星に限らず、衝の頃の惑星は「滞空時間が長い」故に天候や気流に恵まれる確率も高くなって、観察の好機と言えます。また衝の頃は地球との距離も最短になるため、少しでも大きく見たい人には好都合です。土星は衝のあと日に日に早く空へ昇るようになるため、夏の観望シーズンには宵空の楽しみとなるでしょう。
2014-2016土星の位置
20時前の観察なら8月末まで良好な状態が続き、こどもたちの夏休みのテーマに最適。都合良く7月26日夕方には月との接近があり、肉眼でも楽しめます。秋にはかなり早く西へ沈むようになり、11月30日に合(太陽方向に位置する)を迎えます。

いま土星はてんびん座やさそり座をうろうろしています。細かいことを言うと、(残念なことに)この辺りにいる惑星は日本からあまり条件良く見ることができません。天の赤道から南側へ離れてしまうため、南空低い位置になるからです。ちょっとした建物や樹木、低空の雲、モヤによって見えなかったり、乱れた気流の影響を受けやすくなるのです。

左上はステラナビゲーターで2014年元旦から2016年大晦日までの土星の位置を記した星図です。各年の衝のころは矢印の先あたりにいます。土星は毎年つぶれた螺旋状の軌跡を行きつ戻りつ、全体として黄道近くを右から左へ(天の西から東へ)向かって移動します。直線状に移動しないところが「惑」星たる所以ですよ。理解できない変な動きに感じますが、例えば足の遅い友達とかけっこしたとき、自分が1周1分で反時計回りに走るトラックの外側を、その友達が1周30分かけて回るような状態です。自分からは、追い越す度に周回遅れになる友達がこういう風に見えますよ。ちょうど追い抜く瞬間が衝なんです。

土星が南に最も低くなるのは2018年10月22日頃(赤緯-22°46′ちょい)。この前後の数年間は南に低い時期が続くわけです。ここ数年の木星が冬空高く見えていたので、対照的なイメージですね。でもこれが良い結果をもたらすこともあります。
20150518土星比較
晩春から夏にかけて夜中に見える惑星は、気流が落ち着く時間帯に巡り会う確率が大きくなるのです。冬場に乱れがちな気流を避けられるという点では、今期の土星はちょっとポイント高いでしょう。日本には雨季や台風期など気象的な悪条件もあります。ですから、与えられたチャンスの中で少しでも良い空を見出す力や運が必要かも知れません。

衝の前後では土星本体の影や環に投影された影の方向が変わる、というお話しは4月19日の記事に書きました。望遠鏡が使える方はぜひ眼視で見比べてみてください。昨夜5月18日に雲越しの土星を写しました。劣悪な像で申し訳ないのですが、これを1ヶ月前の4月19日と比べると「環に映っている本体の影」がほとんど見えなくなっていることが分かりますね(右上画像)。

特に撮影ができる方は「衝効果」を確かめるチャンスです。衝効果(Opposition Effect)って聞き慣れない言葉ですが、簡単に言うと「光源を背にしながらデコボコしたものを見たとき、光源と視点を結ぶ直線上が最も明るく見える」現象です。対象が土星の場合、この研究をした19世紀ドイツの天文学者Hugo von Seeligerさんの名を取って「Seeliger Effect」とも呼ばれます。

衝効果
左画像をご覧ください。砂を敷き詰めた面に対して、照明の位置を変えた実験です。上の段ほど正面(視線と同一方向)から、下の段ほど斜めから光を当てています。面と光源の距離は一定なので砂にあたる光の強さは変わりません。照射面から戻る光は光源の照射角に応じて三角関数的に変化しますが、ミクロ視点で表面を見ると全体的な輝度変化とは明らかに違う事が起こっています。

いったい砂に何が起こっているか、中列の拡大画像や右列の白黒強調画像を比べると分かるでしょう。そう、ひとつひとつの砂の影が全体の明暗に差を付けているのです。まさに塵も積もれば…ですね。この現象は砂浜みたいな場所やざらついた壁、あるいは高いところから見た草原や木々などでも確かめられます。(参考サイトはこことか、ここ。)この実験ではあえて白っぽい砂を使わず水槽用の普通の砂にしましたが、当然砂の大きさや密度、粒の滑らかさ、どれくらい黒っぽいか、あるいは当てる光の波長によって効果が違うことは予想できるでしょう。衝効果を詳細に調べることで対象の状態がある程度分かるわけです。

天文の分野では、たとえば満月は他の月相に比べて圧倒的に明るいという事実があります。これは衝効果の影響と考えられます。天体観測のように十分遠方から衝の天体を観測する場合は、影の影響だけでなく「干渉」の効果も加わります。跳ね返ってくる光の波が同位相同士で強め合うため、より強い観測結果が得られるのです。衝効果を構成するこの2つの現象はそれぞれ専門的に「Shadow Hiding」および「Coherent Backscattering」と呼ばれることもあります。

2005年に小惑星探査を成功させた「はやぶさ」は、接近した「小惑星イトカワ」の衝効果を捉えました。2014年には衝効果で増光した小惑星ベスタが世界で初めて観測されたニュースもありました(いずれもJAXAサイトから引用)。 土星の場合、衝効果を起こすような「デコボコしているもの」は本体ではなく、環です。環が衝の前後に明るくなるというのです。(たとえば旧・仙台市天文台のこちらのページ。)眼視では分かり辛いという方もいますが、せっかくですから撮影できない方もまずは見てみましょう。環はA環、B環、C環など位置ごとに分けられています。それぞれ見える明るさや色が違うので、構成物質や密度が違うのでしょう。これが衝効果にどんな違いを生むのかが見所です。

なお「ハイリゲンシャイン効果」という言葉が使われることもありますが、厳密には衝効果と区別されるべき現象です。衝効果が「微少な影の増減」に起因するのに対して、ハイリゲンシャイン効果は「透明度のある(影があまりできない)細かいものが起こす明暗効果」だからです。前述の砂の実験をガラスや水滴などに置き換えて考えましょう。密度によりますが、光を通すような粒子は影がほとんどできません。
ハイリゲンシャイン効果
でも衝の位置にあると「表面の照り返しや粒子内の反射で観察者へ戻る光量が最大になる」ので明るく見えます。これは朝露びっしりの芝生などで容易に観察できます(左)。

左画像ではカメラ位置(この場合はカメラを構えてる私の頭の影)を中心に草原が明るくなってますね(右下の白黒強調画像なら分かりやすい)。拡大して見ると、草そのものではなく水滴が明るく光ってます。これがハイリゲンシャイン効果(Heiligenschein/ハイリゲンシャイン現象とも言う)です。衝効果に似ているのですが、増光の原因は違います。ネコの目が暗がりで「こっちを見たときだけ光る」のに似てます。

ハイリゲンシャイン効果
もし土星の環が水や氷、ガラス質などでできているなら、衝で環が明るくなる理由が衝効果では説明つきませんね。かといってハイリゲンシャイン効果は全く起こってないとも言えないでしょう。両方が組み合わさったもの、という見方が良いかも知れません。実は上の草原の例でも、ハイリゲンシャイン効果が出ている付近では草の影が最小となりますから、衝効果も同時に見ていることになっていますよ。衝効果、ハイリゲンシャイン効果とも、天文に限らない、地上の気象光学分野にも出てくる身近な現象です。

狭義の衝効果をドライ・ハイリゲンシャイン効果と表現したり、広義の衝効果にハイリゲンシャイン効果を含ませてしまうこともあるそうです。また天文分野から外れますが、鉱物や宝石の世界では粒の中で反射する光の曲がり具合に偏りが生じるキャッツアイ効果というのもあります。興味ある方はぜひ調べてみましょう。土星の衝に絡めて、観察を発展させてくれそうないくつかの話題を書きました。少しでも何かのご参考になれば幸いです。

参考:
アーカイブ:惑星カレンダー(1980-2039年の各惑星の衝や合などを掲載)
記事:土星の衝タイム(2015/5/23・衝当日の観察)
記事:土星の衝効果を色別に比較してみる(2015/5/25・衝1日後の観察)

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