センタームーンを観よう・Part12021/05/05

20210427満月の中心
★いよいよ『センタームーン』の時期はじまる
以前、みなさんにこんな問い掛けをしたことがありました。

  • 望遠鏡で真の月面センター(月面座標の経緯度が0°の点)を、これまでに見たことがありますか?

  • 真の月面センターが「見かけ上の月面中央」に一致した月を、これまでに見たことがありますか?

  • (→2019年1月20日記事参照

左画像は先月の満月(2021年4月27日23時過ぎ撮影)の中心付近。月齢に関わらず、欠けているところを含めた月面の縁は真円に見えますから、「見かけの中心」が存在します。いっぽう、月面には地球と同じ様に赤道や本初子午線(経度ゼロの線)が定められていますから、月面上に「真の中心=月面座標原点」も存在します。ちょっと天文をかじった方ならどなたでも「月面はいつも同じ面を地球に向けている」という知識をお持ちでしょう。ところが、この画像のように、ふたつの“中心”はたいていずれています。しかも、ずれは日々変化するのです。

ごく稀にふたつの月面中心がほぼ一致して見えることがあります。それこそが「センタームーン」。簡単に言えば「月が真正面から見える日時」です。でも、上記の問い掛け以降、実際にご覧になった方はいらっしゃるでしょうか?リンク記事の通り、「月面座標の経緯度が0°の点」は、月の中央付近が光っている時期…概ね上弦後から下弦前ならいつでも確認できるでしょう。でも「見かけ上の月面中心」と「真の月面中心」が極めて近い日は2019年春から今年春まで一度も起こっていません。どんなに月を真正面から見たくても、この2年あまり地球上の誰も見ることができなかったのです。

月面がわずかに首を振るように見える“見かけ上の動き”は秤動と呼ばれます。秤動の詳しい説明を始めると冊子が出版できるほど大量になるため割愛しますが、主要な原因は月軌道と地球との位置関係に由来します。地球から見て月の経度方向に振れる成分を「経度秤動」、緯度成分を「緯度秤動」と呼び、日時とともに変化する見かけの月面中心の経度と緯度をグラフ化することができます。図化したものは秤動図と呼ばれ、天文年鑑などいくつかの書籍や月面アプリで調べることができるでしょう。今年元旦の記事にも掲載した秤動図(2018年から2021年まで1年ごと)を下に再掲します。

  • 月の秤動(2018年)

    2018年
  • 月の秤動(2019年)

    2019年
  • 月の秤動(2020年)

    2020年
  • 月の秤動(2021年)

    2021年


以下、二回シリーズでセンタームーン現象と今年の予報を詳しくご紹介します。いつもの通り理屈っぽいところも多々ありますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。なお誤解を生まないよう、次のように言葉の意味を統一して使用します。「月面センター」という表現はAにもBにも使います。
  • A.真の月面中心…月面座標で経度・緯度ともゼロの地点(二次元座標としての原点)
  • B.見かけの月面中心…観察地から見て月の縁を円とみなしたときの中心(月の視位置)
  • C.月の中心…球体(楕円体)として考えた月の中心(三次元座標としての原点)
  • ※それぞれ、中心を中央と表現することもあります。


★秤動図に慣れよう
秤動図から読み取れる「日時、経度秤動、緯度秤動」は3つで1セット。これが「ある日時に見た月面中心の経度と緯度」を表します。上図の通り非常に複雑な曲線なのですが、どちらの軸もプラスマイナス8°を超えることはほぼありません。また、「真ん中付近を避ける時」と「真ん中付近を横切る時」がそれぞれ準周期的に集中する傾向が分かるでしょう。時計回りに変化するときもあれば、逆のときもあります。一ヶ月の途中で向きが変わることだってありますよ。秤動図で言えば、グラフが原点に極めて近い日時こそ「センタームーン」。みなさんが「月を真正面から見ることができる日」なのです。

2021年12月の秤動図+月面中央傾斜度図
秤動図は天文ファンでも馴染みが少なく、少し癖があるため、読み間違いしやすいかも知れません。例えば、調べたい日時をグラフでたどったら右上(第一象限/経度緯度ともプラス)だったとしましょう。このとき「月は右上を向いている」と勘違いする人は意外に多いです。でも実際は真逆で、「月面の右上地域が中央に寄っている=真の月面中心は左下を向いている」という意味なのです。

月面地図に今年12月の秤動を直接描いた右図で練習してみましょう。秤動を示す赤線の開始点は□印で囲ってある2021年12月1日0:00JST、終了点は△印で囲ってある2022年1月1日0:00JST。緑+印で示した真の月面中心の周りを一ヶ月かけて時計回りに変化していますね。黒文字で示したように「12月6日はトリスネッカー・クレーターが見かけの月面中心近くにある」という具合に読み取ります。同様に、11日はヒギヌス谷、21日はハーシェル・クレーター、年末にはメスティング・クレーターがそれぞれ月面中心近くに見えるでしょう。

ちなみに12月2日の近くにあるメスティングA・クレーターは、かつて月面センターを特定する際に使われた由緒ある地。秤動図を毛嫌いせず、ある程度慣れることで誤解なく読み取れるようになるでしょう。秤動は中心付近だけでなく月面全体…特に縁近くの地形の見え方に大きく影響しますよ。当ブログ右メニュー「月面の観察」内の月面文字地形の日照予報カレンダーに月面中央経度・緯度を併記しているのはこれが理由です。

私たちの知覚は微妙な向きにも敏感です。繁華街で友人と待ち合わせたり、学校の集会で壇上から全校生徒を見るなどの場面で、誰なのか判別できないほど遠くに立ってる人物の顔の向きが「自分を見ている」か「見ていない」かを感じ取れる能力があると聞きました。普段から「動物の視線を感じる」人も多いでしょう。初めてお月さまを見るとなかなか表情を読み取れませんが、意識して一年も観察していれば秤動はすんなりと頭に入ってきますよ。慣れてくると「今日はセンタームーンに近いなぁ」とか「右上に寄ってるね」などと、何も調べなくても分かるようになるでしょう。


★地心と測心の終わりなき戦い
センタームーンはいつなのか、細かいことを気にしなければ手っ取り早く秤動図から読み取ることができます。グラフが中心近くを通る日時を読み取り、見かけの月面中心に日が当たってる月齢か調べればよいだけですから簡単。(※日が当たってなくてもセンタームーンは成立します。確認できないだけです。)ただし、前出の様な秤動図は「地球中心から見た値」であることに注意しなくてはなりません。ふつう私たちは地表から月を眺めます。地表の特定位置(=測心:観測者中心の意味)から見た秤動は、地心(地球中心の意味)での秤動とかなり差があるからです。もちろん同じ地表でも、日本とアメリカみたいに大きく離れた二箇所では秤動が変わるでしょう。

待ち合わせの例え話では、遠くに立っている友人があなたを見つけて手を振ったとき、隣にいた赤の他人が勘違いして手を振り返す漫画的シチュエーションが起こる場合があります。(経験者は語る…。)でも隣の人との距離が離れるほど友人の顔の向きの差も顕著になるため間違いは減るでしょう。この例えで重要なのは「友人が顔の向きを変えたわけではない」こと。

月に話を戻すと、全く同時刻でも観察地が違えば秤動が違うということ。地球上の異なる観測地では、観測地間距離や月までの距離差が月面を見込む角度の差を生み、「地心秤動と測心秤動は異なる」「同一時刻でも観察場所によって測心秤動が違う」という結果に現れるのです。ひとりの観察者が地上で一切動かなくても地球の自転によって視点が変わるため、嫌でも秤動が変わってしまう、というわけ。地球では(地心も含めて)最大約12700kmもの位置差ができますから、結構な違いですよ。正確さを追求すればするほど避けて通れない問題になるため、なかなか厄介ですねぇ…。

2021年5月の月面秤動
私たちが実際に見ている秤動は「軌道の関係で月面が地心方向に対して見かけの向きを変える」現象だけでなく、「観察者の位置に起因する視線の変化」が組み合わさっているのです。後者は日周秤動と呼ばれます。前出の赤線グラフは日周秤動抜きの秤動ですから、勘違いしないようにしましょう。

左に今月5月の「地心秤動・測心秤動グラフ」を掲載しました。(※測心位置は当ブログ代表点の茨城県つくば市です。)地球に最も近い天体ですから、地心と測心とでこんなにも差が出てしまうんですね。この図を簡単に説明すると、赤系の線やマーカーが地心秤動、青系は測心秤動です。両方とも月初めが□印、翌月初めが△印、小さなドットは毎日0:00JST位置(1日・11日・21日は文字ラベル付き)、新月・上弦・満月・下弦・近地点通過時(×印)・遠地点通過時(+印)の各瞬時位置にマーカー、図の下部に具体的数値が記してあります。

青線が壊れたバネのように描かれてますが、よく見ると赤線の同一日近くを一日一回周っていることに気付くでしょう。これは正に地心と測心との差=日周秤動ですね。青線の一部が薄水色になっているのは月が沈んで見えない時間帯を表します。こうして5月の測心秤動を見ると、26日の満月のころ秤動値がゼロ近くになっていると気付けますね。特に皆既月食が終わった27日0:00JSTごろからどんどん原点に近づき、朝の月没まで数時間は経度秤動・緯度秤動ともに1°未満。この傾向は全国的に大きく変わらないでしょう。つまり、今年5月からいよいよセンタームーンシーズンが始まるのです。

ところでこの図はつくば市での計算ですが、任意の位置で測心秤動が簡単に計算できるなら、詳細なセンタームーン予報全国版が出せるでしょう。でもみなさんがどこで月を観察するか、私は知りません。測心での予報は場所を特定する必要があるから、日本全国を網羅するような予測の出し方だとJRの時刻表並みになってしまいます。(印刷本は最近あまり見ないけど。)月視位置や秤動の計算そのものも複雑で、仮にWebアプリ化など可能だとしても個人で維持管理するのは負担が大き過ぎます。実は冒頭のリンク記事を書いたころ、この問題でずいぶん悩みました。その後2年の歳月をかけて勉強や計算プログラム改良を重ねることになったわけですが…そのお話はPart2でお伝えしましょう。(→Part2へ続く

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