ネオワイズ彗星が地球に最接近2020/07/23

20200719ネオワイズ彗星(C/2020 F3)の尾
世間をざわつかせているネオワイズ彗星(C/2020 F3)ですが、本日地球に一番接近しています。イレギュラーな変化を除けば、一般的に彗星の明るさは「太陽との距離」と「地球との距離」のふたつによって決まります。今のところネオワイズ彗星は機械的に計算した予測値(下A図参照)に沿った変化を見せており、今日地球に一番近いからと言って特別に明るく見えたりはしません。(万が一明るくなったら、それは距離とは別の理由です。)

さて「彗星の尾は太陽と反対方向にのびる」とよく言われますが、本当でしょうか?自分で撮影できた画像が19日のものしかないため、これを使って調べてみました(左画像)。彗星核を起点に「天の北方向・西方向」および「太陽と反対方向」を示してあります。以下、「太陽と反対方向」を便宜上「尾の方向角」と表現し、天の北方向から反時計回りに測った角度(いわゆるPosition Angle)として表すことにします。もし地球から見て太陽が彗星の真西にあったら尾の方向角は90°(東向き)、太陽が真東なら尾は270°(西向き)になります。左の撮影時は約36.5°でした。

みなさんが尾のある彗星を写していたなら確かめてほしいのですが、実際の尾は太陽と反対方向になってないことが多いでしょう。もっと正確に言うと、真っすぐ伸びる「ガスの尾(イオンテイル)」は概ね方向角に沿っていますが、「塵の尾(ダストテイル)」はかなりずれており、また大きく広がることが多いでしょう。左上画像でもダストテイルは方向角30°あたりから0°を通り越してマイナス20°あたりまで確認できます。上手に撮れた画像ならマイナス60°を越しているのではないでしょうか。

気化物質の尾は太陽引力の影響がほぼゼロのため、太陽風に沿って流されます。でも塵の尾はたとえ微粒子でも重力の影響で引き戻され、広がったり大きく曲がったりします。太陽と反対方向という表現はイオンテイルにしか当てはまらないようですね。

  • 20200719ネオワイズ彗星(C/2020 F3)光度変化

    A.光度変化
  • 20200719ネオワイズ彗星(C/2020 F3)尾の向き

    B.尾の方向角の変化
  • 20200719ネオワイズ彗星(C/2020 F3)尾の向きの変化速度

    C.尾の方向角の回転速度


ところで、彗星は時間とともに移動しますが、同様に尾の方向角も変化するはず。ネオワイズ彗星で実際に計算すると上B図のようになりました。赤線と緑線はA図と一緒ですが、青線は尾の方向角が日々どう変わってきたかを示しています。地球と彗星との位置関係が大きく変わるような時期に方向角の変化が大きくなりますから、今日のような地球接近時は曲線が急傾斜になっているでしょう。日々フレーミングに苦労しそうですね。

このように尾の回転が速いことは、いわゆる「メトカーフ法」による合成にも支障をきたすことを意味します。撮影時に多枚数撮っておき、彗星移動に合わせてコマをずらしながら合成するメトカーフ・コンポジット。でもこのとき尾の方向角のズレまで計算して回転コンポジットできるソフトはあるのでしょうか?赤経赤緯のズレ分を平行移動させるだけではないでしょうか?これだと頭部は点像になったとしても、彗星全体の回転はキャンセルできませんね。

どれくらい支障があるかは回転速度や露出時間、画角などで変わります。例えば10分間で0.1°回転する彗星像なら、彗星核から2000ピクセル離れた場所では10分間に3ピクセル以上ずれるでしょう。結構大きいですよね。上C図はネオワイズ彗星の方向角回転速度を時速で示したもの。太陽に近くて見えませんでしたが、6月下旬には0.5°/hを越えています。

19970310ヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)
実験的に架空の彗星で試してみました。下D図はStellariumで設定した北極星近くを通る大彗星。この3シーンの彗星を平行移動だけに頼るメトカーフ・コンポジットで合成したのが下E図です。実際はそれほど早く動きませんが、回転が早ければこのように頭部が固定されても尾がブレたようになってしまうでしょう。赤道儀追尾によるメトカーフ法の弱点は昔から指摘されており、右のヘール・ボップ彗星のように長時間一発撮りのフィルム時代にはなかなか悩みのタネでした。

右画像は目盛のついたガイド鏡で恒星を追いかけながら、彗星移動を相殺する方向にずらしてゆくという本来のメトカーフ法で撮りました。これがまたなかなか難しく、うまく行かなければダストテイル中に見える淡い筋(シンクロニックバンド)が消えてしまいます。もちろんこの方法を完璧に遂行したとしても、彗星全体の回転キャンセルまでは考慮できていないのは明らか。

最近は大口径の明るい光学系が増え、高感度速写で対応できるようになりました。ただ、誰でも使える環境ではないし、彗星撮影法に関する欠点や不完全さを知った上で実践でどう対処するか考えることは無駄にならないでしょう。無論、実際にこれだけ考え尽くしても、更に尾には固有の運動やコブなどの形状変化があるため、なるべく短時間に写し取ることが必要なのは言うまでもありません。

  • メトカーフ法(1)

    D.高速移動する架空の彗星
  • メトカーフ法(2)

    E.メトカーフ法による合成の弱点