色眼鏡でオリオンを見てみよう〜復光を始めたベテルギウス〜2020/02/26

20191228減光中のベテルギウスとその周辺の星々
みなさんは色眼鏡でオリオン座を見たことがありますか?色眼鏡には「偏見」「先入観」という暗喩もあるけれど、ここでは文字通り「フィルターで色分解して眼視観察する」こと。もし試したことがなければ、ぜひやってみてください。

光度観測の世界では肉眼で可視光全域をまとめて測った結果を「眼視等級」などと呼びます。対して、カメラなどの測定器で特定の色(波長)ごとに分解して測定したものは、B等級(青系)、V等級(緑系)、R等級(赤系)…などのように区別します。機器の眼なら人間に見えない赤外線域や紫外線域の等級も測れます。色を分解するフィルターは世界共通の基準があるそうです。

肉眼観察でも色ごとに分解したら面白い光景になるんじゃないかと常々考えていましたが、昨年ベテルギウス減光のニュースを知って早速「眼視観察用色眼鏡」を作ってみました。我が家にはフィルム時代に色分解で遊んだアセテート/ゼラチンフィルターが余っていたので、これを厚紙製のフィルター枠に取り付けるだけ(右下画像)。測定する目的ではなく見て楽しむだけなら、色セロファンや舞台照明用フィルター+お菓子の空き箱を使えばどなたでも簡単に作れるでしょう。メガネ形状にしなくても構いませんよ。

手製の色分解フィルター
赤緑青の三色そろうと良いですが、セロファン越しは暗すぎると感じるなら、慣れるまでオレンジや黄緑、水色など明るめの同系色で代用するのもOK。お金をかけて平気なら、白黒フィルム用のコントラストフィルター/バンドパスフィルターとか、CCD色分解用の三色フィルターのほうが透過性・分光性・平面性に優れているため、両目用に2枚用意して試しましょう。(※ナローバンドは暗すぎてNG。)横からの迷光をシャットアウトしつつ、フィルターが両目を広く覆う水中ゴーグルのような形状に工夫すれば完璧。また視力に自身がないけど電子観望ならOKと言う方は「白黒CMOSカメラ+広角レンズ+三色フィルター」の組み合わせで同様に楽しめます。広視野双眼鏡の対物レンズ前に付けるのもありですね。これならある程度暗い星も観察できるでしょう。

初めての色眼鏡による眼視観察は星が特定できないほどかなり暗く感じ、十分に暗順応する必要があります。このコツさえつかめば、裸眼での等級順では想像できなかった逆転が起こり、斬新な星座観察になること間違いなし。例えば2月下旬現在のベテルギウスは、青フィルタ越しだとベラトリックスより暗いですが、オレンジ/赤フィルター越しならリゲルと同等に感じました。

★ベテルギウス減光で疑問だったこと
人の噂も七十五日。ベテルギウスが暗いと一般ニュースでも取り上げられるようになった12月から三ヶ月近く経ち、この分野に強い関心を持ってない多くのみなさんに忘れ去られつつあるのではないでしょうか。当ブログをお読みの方々なら今だ興味津津と思いますが、ご家族や会社の同僚などに尋ねてみてください。

20200224_AAVSOdata-150days
ベテルギウスの減光は2019年秋から始まっていましたが、アメリカ変光星観測者協会(AAVSO)や日本変光星観測者連盟(VSOLJ)などの集計を見ると2月中旬から微増に転じています。左図はAAVSOによる2020年2月24日まで150日間光度観測グラフ。私も見よう見まねで昨年12月末から簡単なデジカメ測光を続けてきましたが、満月期近くで測れなかった2月二週目ごろを下限として増光に転じたことが分かりました。

しかしながら、減光減光と言っても変光星観測をしたこと無い方がこの星の減光をほんとうに感じ取れたのか疑問もあります。理由は大きく二つ。ひとつは、個々の恒星等級に特別な関心を寄せない多くの人が明るさを覚えていられるはずは無いから「以前の状態を知らない/思い出せないのに、なぜ暗くなったと言えるか」、もうひとつは実際に比較観察していたとしても「色の似た比較星が少なく、比べようがない」こと。


★明るさは覚えられない
絶対音感と同じで、「絶対光度感」を持っている方は極めて少ないと思われます。「昨日のあの星の明るさを覚えてるよ」という方がいたら、変光星界のカリスマになれるでしょう。覚えていられるのは「別の星と比べて明るいか暗いか」という相対比較だけではないでしょうか?眼視観測にせよ電子計測にせよ、測光作業は必ず当夜に見える他の標準星との比較になるわけです。地上観測は気象状況の影響も考慮しなくてはならないので、当然ですね。

「ベテルギウスが暗い」と言えるには、普段から十分オリオン座を見慣れていて、「普段のベテルギウスはベラトリックスよりずっと明るい」等という事実をはっきり認識してる必要があるのです。今冬だけ見て「暗い」と言えるはずがありません。それこそ“色眼鏡”(先入観)で物事を観てしまっており、ニュースに踊らされてるだけです。「誰かが撮った画像を見て暗いと感じた」「誰かの観測データを基準に自分も測ってみたら暗かった」等も、当人が暗くなる全過程を見たわけではないから二次的な体験に過ぎないでしょう。(それが良くないと言ってる訳ではありません…。)前出AAVSOの図も、減光開始から二ヶ月も経った後の観測数が圧倒的に多い事実がこれを物語っています。


★色が違うと比較できない
比較チャート


比較チャート2
仲間内でよく話題になるのが、同じ眼視光度の赤い星と青い星があったとき、「赤い星のほうが明るく感じる」人と「青い星のほうが明るく感じる」人がいるという事実。左目と右目とで異なると言う方も。これで正しい測光になるのでしょうか。今回のように1等星レベルを対象にする場合と、双眼鏡や望遠鏡でも限界ギリギリの対象を観る場合とでも色の違いによる測光差が出るかも知れません。十分に暗順応したかしないかでも差が出そうです。

簡単なテストをしてみましょう。右に二種類のチャートを用意しました。上はオレンジ系の小さな丸印が四つ描いてあります。このなかで一番明るいのはどれでしょう?あるいは、Aを基準にしたとき、B・C・Dは明るい/暗いのどちらでしょう?更に分かる方は、A基準でB・C・Dは「赤緑青」のどの成分が増えてる/減ってると感じますか?

また、下のチャートは色の違う丸印です。0番の丸印と明るさが同じに見えるものを1から9の中から選ぶか、または「1より暗い/9より明るい」と判断してください。(答えは記事末にあります。)

Web画像と実際の恒星とではまた少し違うけれど、こんな似た系統の色でさえ微妙な明るさ判断に迷うのに、違う色同士で明るさを比べることができるでしょうか。変光星の観測ではなるべく同じ色の標準星を使うことを推奨しますが、1等星のベテルギウスでは比較できる星が少ないですから、やむを得ず「色が違っても明るさが近い星」を使うケースが多いと思われます。でもこれでは何をどこまで測ったことになるか疑問に感じませんか?

★どの星図を信じたら良いのか
変光星はど素人の自分ですが、実際に測光体験して混乱したのは、星図によって等級表示がバラバラなこと。全ての天文ファンが星図・星表・等級・測光に詳しいわけではないから、私は今回のベテルギウス減光に乗じて変光星専門家が「星図の等級」に関する初心者向け解説や正確な観測星図を提示してくれることを密かに期待してました。でも今日まで目にしたことは一度もありません。星図を載せているブログなども見て回りましたが、出典が分からなかったり差があったり…。余計な心配かも知れませんが、これじゃ変光星観測者を目指す人が減ってしまうのでは?

色と光度とは切っても切れない関係で、光度が記録されている主要な星表は必ず「何色(波長)に基づく数値か」が明確になってます。世界基準に校正されたフィルターを通して測光し、記録しているのです。ポピュラーな星図ソフト…たとえばステラナビゲーターやStellariumといった有名どころにも等級表示の引用原典が必ずあります。原典とする星表を切り替えられる星図アプリもあるため、変光星観測用の星図を作った場合、「等級はステラナビゲーター使用」などと書くのではなく、もっと大元の原典星表名や波長を明記しないと「どこ由来の何波長の等級か」が分かりません。(※著作権表示とは異なります。)

【ベテルギウス近辺の明るい星】
恒星名HipMag
(Johnson V)
HipMag
(Mean BT)
HipMag
(Mean VT)
備考
ベテルギウス
αOri
0.452.8490.769二重星・変光星
ベラトリックス
γOri
1.641.4681.629二重星
リゲル
βOri
0.180.3120.283二重星
アルデバラン
αTau
0.872.9371.160二重星・変光星
左表はベテルギウスの近くにあって等級が近い星を3つピックアップ、それぞれのB等級とV等級をヒッパルコス・ティコ星表から書き出したもの。汎用星図ソフトなどで「○○等星」と書かれるのはJohnson Vフィルタによるヒッパルコス等級が多いようです。アプリによってはB等級・V等級・色指数の併記もあります。重星・連星なら、主星伴星が個別に書いてある場合と「合成光度」になっている場合があるため、表示等級をそのまま信じてはいけないケースも…。こりゃ、厄介だ!

前出AAVSOの図でVisual、V、B、Rの各マークは眼視等級、V等級、B等級、R等級のこと。一般にV等級よりB等級の数値が大きい(かなり暗い)なら肉眼でオレンジや赤っぽい星、近い数値あるいは逆転してるなら白や青っぽい星に見えることが知られます。上表だとベテルギウスやアルデバランは赤寄り、ベラトリックスやリゲルは青白寄りと分かるでしょう。冒頭画像のようにディフュージョンフィルターを付けて撮れば色合いがはっきりします。反面、カラー画像で二つの星を比べたとき「特定色について、どちらのほうが明るいか」は全く分かりません。裸眼観察でも同様ですね。「赤い光は右の星が圧倒的だけど青い光は左のほうが断然強い」と言ったケースでは、総合的に(全波長ひっくるめて)どちらが明るいと言えないのではないか、ということなのです。

機器で分光測光をやってるのだから、肉眼で測る場合も色眼鏡越しにすれば良いんじゃないか、というのが、冒頭に述べた工作アイディアの発端でした。肉眼限界等級ではさすがに難しいけれど、3、4等星までなら直接比較できるし、等級を数字で出さなくても「あの星より明るいけどこの星より暗い」といった比較を数種類の標準星で行っておくだけで変化が分かるでしょう。この方法なら小学生にも「分光観察」が可能です。

写真用色分解フィルターを使った撮影例を下に掲載しました。R・G・Bおよび近赤外(IR)の四種のフィルター越しに同じ構図を撮ったモノクロ画像です(2020年1月30日撮影)。背景の暗さと平滑性をなるべく統一してあります。中央にオリオンの三つ星が写っていますから、ベテルギウスとベラトリックス、リゲルの位置も分かるでしょう。それぞれを比較してみてください。色を分けて観察するとベテルギウスの明るさ比較がこれほど変わってしまうと言うことがお分かりいただけるでしょう。通常ならLRGB合成素材としか扱われないそれぞれの画像ですが、1枚1枚が波長別の立派な観測結果。肉眼+色眼鏡でもこれに近い観察が可能ですから、増光に転じたベテルギウスが何日かけてどこまで復光するか、ぜひ体験してみてください。

  • 20200130オリオン座(IRフィルター)

    IRフィルター
  • 20200130オリオン座(Rフィルター)

    Rフィルター
  • 20200130オリオン座(Gフィルター)

    Gフィルター
  • 20200130オリオン座(Bフィルター)

    Bフィルター


比較チャートbig
【テストチャートの解答】
まず、丸点を大きくした図をあらためてご覧ください。これを見て、再度順番を考え直しても構いません。

裸眼で観察する場合、可視光の全ての色が小さな点像として目に入ります。どの色を強く感じるか、あるいは鈍感かということは人によって差が出て当たり前。同じ人でも暗順応の有無、体調の良し悪しなどで変わると考えたほうが自然でしょう。上記のV等級は人の目のピーク感度に近いため、人の目で測る「眼視等級」に近いとされます。(だからG等級ではなくV等級。)でもVisualとVではもちろん差が出るし、なにより肉眼は分散(ばらつき)が大きいですね。科学に詳しい知人のUさんが「変光星ではなく自分を測ってるみたいだ」と仰っていたのがとても印象的です。それでもなお人間が有する感覚を研ぎ澄ませて自然を測り取ることは、「科学的価値が無い」などと簡単に切り捨てられない意義があると思っています。

さて答えです。一つ目のチャートは、RGB基準で一番明るいのはAでした。Bは赤色のみが暗いです。Cは青色のみ、Dは緑色のみ暗いです。当たりましたか?ただしRGBではなくHSV(=HSB、色相・彩度・明度)の別基準で考えると、明度が減ったのはBだけ。A・C・Dの明度は全て100%です。二つ目のチャートで明度が同じなのは、0番と5番だけです(HSVの明度基準)。

しかも、この「答え」は唯一の正解ではありません。お使いのモニター画面の「へたり具合」や「キャリブレーションの有無」でも結果が変わるでしょう。10年も前のPC画面を見たことある人なら分かるはず。正確を期すには室内照明まで含め、同じ環境で比較しなくてはなりません。たくさんの方々に結果を伺って統計を取ってみたいですね。アイディアは山ほどあるのですが、どなたかやってくれませんか?実際の星空は明るさが順序よく並んでませんから、比例法など「頭の中で尺度を作る」必要があり、これまた意外に難しい。色・視覚の世界は奥深いです。


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