ボリソフ彗星は遠くて暗くて速い!2019/09/25

20190924ボリソフ彗星(C/2019Q4)
8月末にアマチュア天文家のゲナディ・ボリソフさんがやまねこ座とかに座の境界付近に18等前後の彗星状天体を発見しました。ボリソフさんはこれまでに幾つもの彗星を見つけているベテランのコメットハンター。当ブログでもC/2014 Q3(2014年11月16日記事)、および、C/2014 R1(2015年1月31日記事)という二つのボリソフ彗星を撮影掲載しています。カウントに間違いがなければ今回発見されたC/2019 Q4はボリソフさん8つ目の彗星となります。

昨日24日の明け方に訪れた晴れ間を使い、C/2019 Q4の撮影を試みました。現在の彗星位置は明け方低空に登るプレセペ星団の北東、約10°のところ。住宅街の我が家からは薄明近くにならないと望遠鏡で捉えられません。これまで数度チャレンジしましたが、天候、低空、月明かり、光害などに邪魔されて、ことごとく失敗に終わりました。昨日の挑戦でやっと予報位置に像が現れてくれたのです(左上画像)。17等中盤の明るさですから、全ての条件が整わないと難しい対象ですね。

C/2019Q4の状態

ボリソフ彗星(C/2019Q4)・見かけの移動速度
画像を仕上げて感じたのは「暗いのに速い!」ということ。左上画像は彗星位置基準に1時間分の画像をコンポジットしたもので、彗星が点像になる代わりに周囲の恒星は線状になります。つまり、恒星の線の長さが彗星の1時間分の動きに相当します。

右上・下のグラフを参照していただきたいのですが、現在この彗星は見かけ上1時間あたり1.39分角/時、1日も経たないうちに満月直径分ほど動いています。地球に接近している天体なら珍しくもない速度ですが、今はなんと3天文単位(火星の軌道直径並み!)以上離れています。これまで私たちが観察してきた一般的な彗星ではあり得ない。巨大ロケットエンジンでも積んでるんじゃなかろうか…。

この事実は発見直後から多くの人を驚かせたようです。何日か追跡観測され、軌道が明らかになると更に驚きの事実が!軌道要素のなかで全体の形を決める「離心率」という値が飛び抜けていたんです。離心率の説明は当ブログ向きではないので略しますが、離心率=0なら円軌道、離心率<1なら楕円軌道、離心率=1なら放物線軌道。左下図は地球の半分まで太陽に近づく同一平面の架空軌道を描いたもの。離心率を0.0から1.5まで0.05刻みに変えてみました。彗星や小惑星のほとんどが離心率1以下の値を取り、計算上の周期が定まらない(極めて長い)、あるいは発見初期段階で観測数が少ない彗星は放物線軌道が当てはめられます。

様々な彗星軌道
試しにJPL-HORIZONZの彗星軌道要素データベースに登録されている3588個の彗星(2019/9/24現在)を集計すると、離心率が0.99未満は970個、0.99以上1.00未満は424個、1.00以上1.01未満は2189個でした。下A・B図に値ごとの個数グラフと、離心率・公転周期分布図を掲載しましたので参考にしてください。

さて、離心率が1を越すケースは「双曲線軌道」と呼ばれます。太陽系程度のスケールで見れば放物線軌道との違いが分からず、「どちらも一度きりで遠くへ帰ってしまう」という認識しか持てないでしょう。左上図で双曲線軌道の水色線は「大きな放物線の一部ではないのか?」と言われても言い返せませんね。

しっかりと軌道理論を学ばないと分かってこないのですが、簡単に言うなら、太陽から遠ざかるほど「放物線軌道の彗星は速度が落ち続ける」のに対して、「双曲線軌道の彗星は一定速度に収束」という明確な違いがあります。(※ここで言う速度は見かけではなく実速度。)どんな天体も中心となる太陽に一番近いところで速度MAX、遠くなるほど極端に遅くなります(下C図参照)。放物線軌道までなら天体は最外縁でほぼ静止してしまい、オールトの雲のような外殻を含む太陽系内のお話しとして完結します。

ところが、初期段階で発表されたボリソフ彗星の離心率は3.7を越える、とてつもない値でした。どう考えてもおかしい。その後何度か修正されていますが、今日現在でも3.36台。最初からスピードが乗った状態で発見されましたので、「遠い宇宙からやって来た説」がわき上がったのも当然と言えましょう。

これまでに発見された彗星で一番大きな離心率だったのはC/1980 E1(ボウエル彗星)の1.0577。これを含め、1.01以上の彗星は四つしかありません。また、2017年10月に初の恒星間天体として発見されたオウムアムアの離心率ですら、1.1995に留まっています。いかにボリソフ彗星(C/2019Q4)が異様であるか、分かるのではないでしょうか。遠くて暗くて速い…これは観測しづらいことを意味しますが、アマチュアでもギリギリ追えるところに挑戦し甲斐を感じます。年末の地球接近のころは日本から見えなくなってしまうけれど、明るさのピークまでは観察可能です。理屈ばかりでなく、本物の観察を通して「ボリソフ彗星の異質さ」を感じ取ってみてください。

  • 彗星の離心率分布

    A.離心率分布
  • 彗星の離心率と公転周期の分布

    B.離心率と公転周期の分布
  • 彗星離心率・日心距離・速度の関係

    C.離心率・日心距離・速度の関


国際天文学連合(IAU)のMPEC・2019-S72によれば、この度ボリソフ彗星(C/2019 Q4)は正式に「2I/Borisov」の名が付いたとのこと。頭の符号「2I」とは「2番目に見つかったInterstellar(恒星間)起源の天体」という意味です。


【追記】
ボリソフ彗星がどこから来てどこへ向かうのか気になったので、今年を中心に前後30年間の軌跡をステラナビゲーターで描いてみました(下D・E図)。この期間だと、カシオペア座の方向0.00333光年離れた宇宙(光速移動しても約29.2時間かかる)からやってきて、現在かに座を通過、12月には南天に移り、30年後はさいだん座の方向に0.00337光年離れた宇宙にいるでしょう。たかだか数十年間の運動なのに光年という単位が出てくることにビックリ。今後の精密観測によって少々変わるかも知れませんが、ご参考まで。(※軌跡がバネの様にグルグルしているのは、視点である地球の公転が原因の、いわゆる年周視差によるものです。彗星が実際にグルグル移動しているわけではありません。)

  • ボリソフ彗星(C/2019 Q4 = 2I/Borisov)星図1

    D.ボリソフ彗星(2I/Borisov)飛行軌跡1
  • ボリソフ彗星(C/2019 Q4 = 2I/Borisov)星図2

    E.ボリソフ彗星(2I/Borisov)飛行軌跡2


今日の太陽2019/09/25

20190925太陽
昨夕は小雨。夜になってすぐ雨は上がったものの、明け方まで曇り空でした。夜明けの月が雲間に見え隠れしましたが、そばにあったプレセペ星団までは見えませんでした。朝からはゆっくり回復し、青空が広がってきました。

20190925太陽リム
左は9:30過ぎの太陽。薄雲が少しかかっていました。活動領域はありません。大きなプロミネンスも無く、小振りなものばかりです。静穏な日が随分続きますね。

当地・茨城県内は今日も27度から28度に達しています。秋の涼しい日々はどこへやら…。